「やれやれ」
オリヅルランは疲れたように、ため息をついた。
怪物が咆哮する。
醜悪な口から、熱い息があがった。
「やってしまいなさい!やって…」
『そう、やってしまいなさい』
チャメドレアでない女の声がする。
名も無き風の合間に、女の声が響く。
「動き出したようだね。名前だけは聞いているよ、カレックス」
オリヅルランが呼びかける。
タムは知っている。
この町を壊そうとする存在だ。
『異端の火恵の民の作者、オリヅルラン。どこまで私にはむかう?』
「雨恵の町が好きなんでね」
オリヅルランは飄々と答える。
『異端の火恵の民をどこにやった。あいつらも食わせるのよ』
「エリクシルに全部あずけたよ」
オリヅルランは白いローブに顔を隠したまま答える。
顔が見えれば、きっと笑っているだろう。
怪物が、地を踏んだ。
ひびが入る。
『そう、どこまでもはむかうのね』
「残念ながら」
『まずはお前から食われるか?それとも…』
「それとも?」
『遊ぼうじゃないか。壊れてしまうこの世界で』
「遊ぶ?」
『そう。チャメドレア、その身体もらうぞ!』
その瞬間、チャメドレアの身体が電撃を受けたように硬直する。
目は白目を向き、だらしなく舌を出して、痙攣している。
意味のないうめきが聞こえる。
何かがせめぎあっているような。
オリヅルランが駆け寄る。
アイビーが駆け寄ろうとする。
怪物が足踏みをする。
地にひびがまたはいる。
「オリヅルラン!ランナーを!」
叫んだのは、クロだ。
オリヅルランのほうに必死で駆けていっている。
距離がある。
怪物が邪魔をしている。
「俺はシャムオリヅルラン!そっちからならランナーが出せるはずだ!」
クロの名乗りに、オリヅルランがうなずいた。
ローブから頭を出す。
髪が白い以外は、クロ…シャムオリヅルランとそっくりだ。
オリヅルランは、ローブから指を出した。
一本、クロに向ける。
「頼むぞ!」
指は蜘蛛の糸のように伸び、クロの胸に着弾する。
「届いた!」
クロの胸に、指の糸が侵食する。
クロは構わず、ポケットから銃弾を取り出した。
がりっとかじる。
「現れよ!パスティス!」
クロは覚醒する。指の糸を絡ませたまま。
髪を緑に、目も緑に。
クロは腕をばっと広げる。
無数の白い糸がチャメドレアに向かう。
糸はチャメドレアと、そのそばにいるオリヅルランに絡みつく。
クロは、両手を突き出して、叫んだ。
「行くぞ!クロロフィタムの水操り!」
タムはアイビーに駆け寄る。
「クロの…みずくり?」
「あれは、クロロフィタムの名を持つものが同調して起こすもの。ランナーというつながりが必要です」
「クロロフィタム…」
「オリヅルラン、シャムオリヅルラン。彼らは、別の名に、クロロフィタムを持っています」
「あれは、一体何をしようとしているんですか?」
「クロロフィタム二人の同調と、相手…この場合はチャメドレア。その中で水を行きかいさせます」
「水を?」
「身体を構築する水を。相手が正常になるまで」
「じゃあ、クロは、オリヅルランは、どうなっちゃうんですか?」
「わかりません」
タムはクロの元に駆け寄ろうとする。
「来るな!」
クロは大きく怒鳴った。
「いま、カレックスを追い出してやるからさぁ…いい格好させてくれよ」
クロが出した白い糸…パスティスに、ひかる粒がいくつも。
身体を構築している水だ。
それが、行きかっている。
タムは、足を止めた。
動けない。
クロが自分の水を賭けているのに、動けない。
「オリヅルラン!余裕は!」
「まだいける!もっとチャメドレアに水を!」
「了解!」
糸が太くなった気がする。
会話から思うに、チャメドレアに水を送っている。
乾いてしまう。
クロが!オリヅルランが!乾いてしまう!
チャメドレアが悲鳴を上げた。
化け物の鳥のような声だ。
ひときわ大きく痙攣すると、チャメドレアは動かなくなった。
『おのれ…』
宙から声がする。
「チャメドレアは、エリクシルがつないだぜ」
緑の髪のクロは、にやりと笑った。