目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第128話 怪物

彼らは、無言で歩く。

アイビーを先頭に。思い思いに続く。

町は静かだ。

扉はほとんど閉まっている。

名も無き風が時折舞う。

人通りはない。

物音もない。

空から赤みがかった太陽が、ぼんやりと照らしている。

彼らは、中央噴水広場にやってきた。

以前、ラセンイ博士が演説した広場。

タムはそんなことを思い返す。

広場に入って、清流通り二番街に…

治療屋のある二番街に向かうはずだった。

アイビーは立ち止まった。

続けて皆も立ち止まる。


人影が対峙している。

赤く照らされている、白いローブの人物。

そして、黒い火恵の民が何体かと、女性らしい人影二人。

「今の彼女にかなうと思いまして?」

ドレスの女性が高らかに話す。

この声はチャメドレアだ。

「エリクシルならば、やってくれるよ」

男とも女とも、老いてるのか若いのか、わからない声。

「オリヅルラン殿!」

ポトスが叫んだ。

白いローブの人物が、振り向いた。

表情は見えない。

「やぁ、来たようだね」

のんびりとオリヅルランは言う。

「ほら、火恵の民が敵視していた、エリクシルのメンバーが来たよ。どうするんだい?」

オリヅルランは挑発する。

策があるのだろうか?

タムは危惧する。

なんだか知らないけれど危ない。

チャメドレアの近くにいる、女性が、なんだか危ない。

あれは危険!

タムの中で警鐘がなる。

チャメドレアは、にたぁと笑った。

「皆殺しですわ」

風が泣き出す。

空気が変わる。

赤く照らされた噴水広場が、影めいてくる。


チャメドレアの隣にいた女性の身体が動き出す。

病院にあった、患者の白い服を着ている。

白衣は赤く照らされ、まがまがしく色づいている。

今の太陽よりも赤い髪、白い肌、緑の目。

いてはいけないものの気がした。

あれがきっと…

「ユッカの身体ね」

アイビーがつぶやく。

オリヅルランがうなずいた。

ユッカの身体はぎこちなく動く。

ぜんまい仕掛けの人形のように。

とす、とす、と、数歩歩く。

「やっておしまいなさい、怪物よ!」

ユッカの身体は、チャメドレアのその言葉を聞くと…崩れた。

腕が何本も現れ、めきめきめきと大きな四本の腕になる。

足は何本もが現れ、足同士の細胞が絡み合い、四本の足になる。

目が、耳が、口が、顔とも呼べないパーツが、内側からわいてくる。

ユッカの面影は瞬時に壊れた。

うぞうぞうぞと、内側からパーツがわきあがり、やがて止まった。

四つの手と、四つの足と、

大きな六つの目と、大きく開いた口。

そして細かい、人間のパーツのついた赤黒い肉色をした化け物。

何十人分もの質量があるのだろう。

ユッカの身体には、一体何人が詰め込まれたのだろう。

チャメドレアは笑っている。

高らかに笑っている。

怪物は呼吸した。

熱い呼吸だ。

だらりと怪物が舌を出した。

それだけで、タムの身長ほどある気がした。


「趣味悪いね」

オリヅルランが言い放つ。

チャメドレアは笑っている。

「悪いけどさ」

オリヅルランは、その場から動かない。

「音楽も聞いていない命に負ける気はないよ」

その言葉は、高らかに笑っていた、チャメドレアの癇に障ったらしい。

「お黙りなさい!怪物よ!あいつからやっておしまい!」

「どうかな」

怪物は…周りにいた火恵の民を、その大きな足でつぶし始めた。

オリヅルランは一歩も引かない。

その間に、治療屋を攻め落とした火恵の民は、

一体、また一体とつぶされていく。

チャメドレアは何がなんだかわかっていないらしい。

「何?何が起こっているの?」

チャメドレアは、おろおろとさまよう。

怪物は火恵の民をつぶすと、その身体を食べた。

一片のかけらも残さぬように、全て。

オリヅルランには見向きもしない。

「火恵の民の命が、道連れをほしがって理性を失っているよ」

オリヅルランが冷静にそう言う。

「そろそろそっちに矛先が行くんじゃないかな?」

オリヅルランは、チャメドレアを見た。

チャメドレアは、ひっと悲鳴を上げた。

そのあと頭を振り、そんなはずはないと言いたげに、表情を引き締める。

「怪物よ!皆殺しよ!」

チャメドレアは高らかに言い放った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?