タムは、屋根の上に足をつけた。
チャメドレアの行方は知らない。
ため息を一つつくと、跳躍した。
そのまま、ワイヤープランツ男爵の庭に下りてくる。
「解除」
タムがつぶやく。
タムの隣に下りてくる気配。
「解除」
ベアーグラスも解除した。
二人は大きくため息をつき、へたりこんだ。
窓から、エバとメイが覗き込んでいる。
タムは、拳を突き上げた。
「やっつけたよ」
タムは不敵に笑おうとした。
うまくいったかどうかはわからないが、
エバとメイには伝わったらしい。
「お父様がエリクシルに連絡を取っています。まもなく迎えが来るでしょう」
ベアーグラスは、荒い息をついている。
また、ブラック・ルシアンという連弾を使ったのだろう。
きつくて当然だ。
タムもまた、連弾を使っている。
片方は偽弾だが、それでもやっぱりきつい。
解除しても、ふらふらする。
書斎の扉が開かれる音。
ワイヤープランツ男爵が入ってくる。
「連絡はついた。水を飲みなさい。少しでも違うだろう」
タムはベアーグラスは水をコップ一杯受け取る。
ぐいと一飲み。
噂の五番街の水は、身体に染み渡る。
タムはため息をついた。
「…タム」
ベアーグラスが、頼りなさそうな声で呼びかける。
「なんでしょう?」
「…寄りかかってもいい?」
タムは、窓のほうとベアーグラスを交互に見た。
エバとメイはニコニコしている。
タムはちょっと考えたが、
「どうぞ」
と、答えた。
ベアーグラスとタムが、
ワイヤープランツ男爵の庭で、
お互い寄りかかって座っている。
難しいことは考えたくはない。
それでも、違う刻みがそばにある。
温かなぬくもりがすぐ近くにある。
守りたい。
それだけを思う。
ぼやけた太陽が見える。
風が穏やかに吹いている。
「…タム」
ベアーグラスが寄りかかったまま、タムに呼びかける。
「なんでしょう」
「チャメドレアは、そろそろなりふり構わなくなる。そう思うの」
タムもそれは思う。
火恵の民8体。それ以上が来るだろうか。
「タムは、別世界に行く術を持っていると、チャメドレアを挑発した」
「まぁ…そうです」
「チャメドレアは、タムを狙う」
「そうでしょうね」
「あたしが狙われればよかった…」
ベアーグラスは、うなだれる。
タムは、ベアーグラスの白い髪をなでた。
「僕だって、自分の身くらい守れます」
「タムの銃弾は、のこり一つじゃない…」
「アイビーさんなり、オリヅルランさんなりにもらいますよ」
「きついくせに…」
「お互い様です」
タムは、ベアーグラスの髪を、わしゃわしゃとかき回した。
感情を伝える言葉を持っていない。
どうしていいかわからない。
「世界を一つにする予言、世界を一つにする記憶…」
ベアーグラスがつぶやく。
タムもぼんやり思う。
予言も記憶も、タムは断片的に持っている。
「きっとタムが、世界を一つにする場所に近い。そう思うの」
タムは、ベアーグラスの目を見る。
黒い目は、潤んでいる。
「お願い、世界を一つに…」
「出来るなら一つにしますよ」
「そうじゃない」
ベアーグラスは否定する。
「世界を一つにしても、私を世界に入れて。タムの一つにした世界に入れて」
タムは激情にかられる。
「ずっと、ずっと、どの世界でも、一緒です」
タムはベアーグラスを抱きしめた。
細くて、今にも折れそうだと思った。
どの世界でも一緒ならば…
タムは思う。
ベアーグラスを見つけなくちゃ。
他の世界の彼女を、見つけなくちゃ。
すぐそばにいそうなのに、黒い目が、いつもそばにありそうなのに。
タムは答えにたどり着けない。
遠くで、ワイヤープランツ男爵の声がする。
「ああ、はい、庭にいますよ」
迎えが来たらしい。
足音が聞こえる。
「なかよくしちゃってまぁ」
パキラの声がする。
「ベアーグラスを頼む、俺はタムを担いでく」
こっちはネフロスだ。
タムは自分の身体が持ち上げられるのを感じた。
意識は朦朧としている。
彼はその意識で呼びかけた。
君はどこにいるんだい?