タムは呆然とする。
「僕が…狙われる?」
エバはうなずいた。
「火恵の民は、先ほど僕らをつぶそうとした。きっと、気がついています」
「僕が…」
タムは繰り返す。
実感はない。
しかし、別の世界の記憶は、少し鮮明になる。
蒸気の町。
火の恵の町。
誰かを追っていた。
誰?
混乱しがちなタムの記憶。
足りないとタムは思った。
あと一つ、世界があるはずと。
それは表側の世界で、
表側の世界の記憶が途切れていること。
「全部つなげなくちゃ…」
タムは無意識につぶやいた。
パズルのピースがあるようなものだ。
つなげないと完成しない。
タムは、そう思った。
風が震えた。
ベアーグラスが周りを見渡す。
「気がつかれたみたいね」
タムは自分の記憶の混乱を、一時放り出す。
集中する。
風が乱れている。
熱い仕掛け人形の気配。
ワイヤープランツ男爵の家の周りに、多数。
タムは意識を研ぎ澄ます。
感じる。
仕掛け人形の統一された規格。
「タム、これはビール。強いものじゃないけど、数で勝負してきたみたいだね」
ベアーグラスが補足説明をしてくれる。
タムはうなずいた。
8体、感じる。
書斎の大窓が開かれている。
震える風が、吹き込んでくる。
「ごきげんよう」
妖艶な女の声がする。
黒ずくめの仕掛け人形を従えた、チャメドレアだ。
「まぁまぁ、お子様ばかり。あたくし、弱いものいじめはしたくなくってよ」
チャメドレアは笑った。
空気が震えている。
火恵の民も笑っているらしい。
「あたくしの要求は、世界をつなぐ術を渡すこと。さもなければ…」
火恵の民が、右手に火を出す。
チャメドレアは笑った。
「燃えたくはないでしょう?」
火恵の民は、火を引っ込めた。
「世界の境界を行ったことは、こちらも確認しているのよ。おとなしく、術を渡しなさい」
タムは思う。
火恵の民は、仕掛け人形に入らないと、こちらにいられない。
完全に制圧するには、世界をつなぐ必要がある。
そうすれば、火恵の民の楽園になる…
そこでタムは疑問に思った。
「世界をつないで、あなたに何の得があるのですか?」
タムはチャメドレアに疑問を投げかける。
チャメドレアは見下したように鼻で笑った。
「お子様にはわからないのよ」
「僕が世界をつなげる術を持っているとしたら?」
タムは挑発してみる。
チャメドレアは、にたぁと笑った。
「おもしろくってよ、こんなお子様が世界をつなぐなんて、いいでしょう、教えてあげるわ」
チャメドレアは高らかに語りだす。
「あたくしは新たな女神になるのよ」
「女神に」
「そう、全ての世界をつなぎ、全てを支配する、新しい女神に」
チャメドレアは高らかに言い切った。
タムの後ろで、
ベアーグラスが大きくため息をついた。
「あなたは女神になれない」
ベアーグラスは哀れむようにそう言った。
チャメドレアは、ひくっと痙攣した。
「どういうことかしら?あたくしに逆らうと…」
「女神の肉体の位置でも知っているのかしら」
ベアーグラスがそう言うと、チャメドレアはまた、痙攣した。
「女神の肉体、ユッカの身体といわれているようね。それを使う気かしら」
「どうしてそれを!」
ベアーグラスは、心底哀れんだように、続ける。
「ユッカは世界をつなげられる資質を持ったものの…あれは抜け殻」
「私が身体を切り替えれば…」
「だから、身体だけなの。末期の患者に提供する、健康な身体」
「あれは女神の肉体と…」
「調べが甘いわよ。雨恵の民ならグラスルーツで調べればすぐ出てくるわ」
「私は雨恵の街を制圧する!」
「ただの、健康な身体をのっとって、女神になった気になるつもり?」
ベアーグラスは微笑んだ。
チャメドレアは、ヒステリックに叫んだ。
「あたくしが女神!火恵の民による、統一した世界を作る!」
そして、ギラリと書斎の中を見やる。
「世界を一つにする術があるはず!よこしなさい!」
タムはベアーグラスを見る。
ベアーグラスはタムを見る。
同時にうなずく。
二人は銃弾を、準備した。