グラスルーツ管理室から、出入り口の扉へ。
「記憶の末端かぁ…」
タムがぼやいた。
「とにかく二人でいろいろ探せばどうにかなるわ」
ベアーグラスが微笑んだ。
扉を出る。
ぼやけた太陽が上にある。
扉を閉めると、きちきち、チーン、ガチャリ、と、音がした。
いつもの施錠らしい。
「まずは清流通り五番街」
ベアーグラスが歩き出す。
「お屋敷が多いんですよね」
タムが続く。
先を歩いていたベアーグラスが、手を差し出す。
「手をつなごうよ」
タムは、微笑んでその手を取った。
ベアーグラスの手はあたたかい。
先に行くわけでもなく、追うわけでもなく、
二人は同じようなスピードで、てくてくと歩く。
まずは清流通り三番街。池のふち二巻の路地から、通りに出て、
そして、中央噴水広場。
そこから、清流通り五番街に入る。
(門は?)
タムはふと、そんな単語を思い出した。
(ああ、ここはあの町じゃないんだ)
タムは勝手に納得すると、五番街をベアーグラスと歩いた。
タムはワイヤープランツ男爵の屋敷を探す。
白い漆喰の壁。テラコッタ色の屋根の屋敷だ。
金属製の門が閉まっている。
中は見える。
「こんにちはー、エリクシルのものです」
タムが声を張り上げた。
屋敷の扉が開いて、小さな少女がぽてぽてと走って来た。
メイだ。
「あけるよー」
メイは、鍵を外し、屋敷の扉を開く。
ぎぃぎぃと金属の門が鳴る。
「はい、どうぞー」
メイが得意げに笑った。
「よくできました」
ベアーグラスが、メイの頭をなでる。
メイは素直に頭をなでられて、くしゃくしゃに笑う。
開いたままの屋敷の扉から、ワイヤープランツ男爵が出てくる。
タムとベアーグラスは姿勢を正す。
「エリクシルのものです」
ワイヤープランツ男爵は、うなずいた。
「エバのことだね」
「エバ?エバージェミエンシス君と聞いていましたが…」
「長いのでエバでいいよ。来たまえ。エバはいつも本とともにいる」
ワイヤープランツ男爵が屋敷に入る。
「さぁどうぞ」
メイが屋敷へと促す。
タムとベアーグラスが続く。
「なかよしなんだね」
メイが気がつく。
「どうしてまた」
タムが問い返す。
「れんどうしていなくても、てをつなぐ、なかよしさんだ!」
ベアーグラスが、手を離そうとした。
タムは気がついていない、ベアーグラスは耳まで紅潮している。
タムは、なんだか手を握り返した。
「仲良しさんで悪いか!」
タムは思わず、反論した。
メイは、それを聞き、くしゃっと笑った。
「なかよしさんは、とってもいいことだよ」
ベアーグラスが、手を離そうとするのをやめた。
何か、思うところがあったのかもしれない。
タムはまだ、ぎゅうと握っている。
「タム…」
ベアーグラスが呼びかける。
「あ、はい」
「ちょっと痛い」
「あ、はい!すみません!」
タムはあわてて手を離した。
少年の手で握られていた、少女の手は、
温かな熱を残して記憶になった。
「なかよしさんたち、いくよー」
メイが声をかける。
「行こう、タム」
ベアーグラスは先に入る。
タムが続く。
メイは二人を招き入れると、屋敷の扉を閉めた。
屋敷は広々としている。
「メイがあんないするね。エバにいさんは、しょさいにいるよ」
「書斎に?ワイヤープランツ男爵の?」
「うん、ほんがだいすきなんだってさ」
「大人の本も読んじゃうお兄さんなんですね」
「エバにいさんは、メイのほこりだよ」
メイはにっこりわらった。
つくづく、よく笑う子どもである。
廊下を歩く。
タムとベアーグラスは、メイを追い越さないように。
メイはメイで、ドレスのすそを翻しながら、早足で歩いた。
こう見えても、男爵の娘らしい。
転ばないように、がんばっているのも、見て取れる。
やがて、メイが一つの扉のまえにやってきた。
「しょさいだよ」
メイがノックをして、返事がないまま扉を開けた。