扉の向こうは、タムの部屋だった。
つるされた扉から二人が出てくる。
タムが走っていき、新設の歯車を回す。
ぎいこぎいこ。
重い音を立てて、扉は天井に収納された。
タムは歯車をロックする。
「いつもネフロスさんに、やらせてるわけにもいかないし」
ネフロスは鋭い目に微笑を浮かべた。
「歯車軽くしてもらうか?」
「重いくらいのほうが、上から落っこちなくていいと思う」
「そうだな。じゃ、俺は部屋に戻ってる」
「はい」
ネフロスはタムの部屋を出る。
足音が少したち、
扉を開け閉めする音が聞こえた。
戻ったのだろう。
じきにグラスルーツでアイビーから連絡もあるだろう。
タムはベッドサイドに腰掛けた。
『おはよう』
風のシンゴが声をかけてくる。
「おはよう」
『昨日はぐっすりだったな』
「昨日」
『ほら、子守唄』
「ああ…」
タムは思い出す。
異国の旋律。
どこかでも聞いた旋律。
誰かが鼻歌で歌っていた。
『何か思い出そうとしてるのかい?』
「うん、ほかのところでも聞いたんだ」
『だったら、ベアーグラスに聞いてみたらどうだい?』
「ベアーグラスに」
『そう、誰から教えたことないかいって』
「うん」
タムはベッドサイドから降りた。
『俺が思うに!』
シンゴはくるくるっと回る。
『あれはタムを守る歌だと思う!』
タムはうなずいた。
「だからきっと子守唄なのかもね」
タムは廊下への扉に向かった。
扉の向こう、声が聞こえる。
「あの、つまらないものやけど…」
このなまりは、プミラだ。
「水?…ん?これ、五番街の」
答えた声は女性の声、パキラの声だ。
五番街の水は、高級な鉱石磨きの水。
なかなか使えるものではない。
「なかなか幸せなお嫁さんに出来るものやあらへん。せやから、こんなものでも…」
「ありがとう。でも、高かったでしょ」
「パキラに喜ばれれば、それでええ」
プミラがそう言うと、その場を去っていった足音がした。
軽い足音が、やはりその場を去っていく。
パキラがきたということは、ベアーグラスも起きただろう。
タムは扉を開いた。
左隣にベアーグラスの部屋がある。
丁度、ベアーグラスも扉を開いたところだ。
「おはよう、タム」
「おはようございます」
「五番街の水だってね」
「そうらしいですね」
「身体にとってもいい成分たっぷりの水なんですって」
「何で知ってるんですか?」
「グラスルーツで調べたの」
ベアーグラスは微笑んだ。
黒い目が笑う。
タムは、疑問をたずねることにした。
「あの」
「なに?」
「昨日の子守唄、誰かに教えていませんか?」
ベアーグラスは首をかしげた。
「不思議なことだけど」
ベアーグラスは前置きする。
「あたしの中から浮かび上がった歌を歌ったの。どこの言葉かもわからないけど…」
「言葉もわからない…」
「だけど、タムを守りたいって思ったの。ただ、それだけだったの」
「不思議ですね」
「でしょ?」
「あの…」
「なにかあったの?」
タムは、話し出す。
「はい、ここでない世界でも、同じ旋律を聞いたので…不思議だなと」
「表側の世界?」
「なんだっけなぁ…」
「クロックワークの狭間?」
「それかもしれません。よくわかりましたね」
「あたしも言葉を知っているだけ、記憶は朧にしかない」
「…そうですか」
「ただ、いくつもの世界で、守りたい人がいるの」
ベアーグラスが真剣なまなざしをする。
「自分の全てをかけても守りたい人がいる」
「僕もです」
二人は言うと、微笑んだ。
「きっと同じ世界にいるのかも」
「同時に?」
「うん」
ベアーグラスは、何か納得したらしい。
「だから子守唄を聞いたのよ。守りたいと思った、それだけの歌を」
「守りたい」
ベアーグラスは、話を切り替える。
「さぁ、アイビーから連絡あるまで待機」
「そうですね、じゃ、また」
ベアーグラスは手をひらひら振って部屋に戻った。
タムもまた、部屋に戻った。