緑は帰ってきて、
晩御飯を取ると、部屋に戻り、
タンスから一番いい服を選んだ。
「でーと」
なんとなくつぶやいてみる。
やっぱり化け物だ。
得体が知れなくて、とてつもなくでかい化け物。
服をハンガーにかけて、明日の準備。
たいしたものはない。
本来が、たいしたものではないのかもしれない。
それでも、特別だ。
「でーと」
やっぱり、化け物。
緑は、ケイの笑顔を思い出す。
心が一つに収まるような、不思議と高揚するような感覚。
あの笑顔を、また、見たい。
黒い目の彼女。
緑はそこに思い至り、軽い混乱を覚えた。
黒い目の彼女は、ケイなのだろうか。
ケイであってケイでないような、
軽い混乱。
あんなに黒くてきれいな目をほかに知らない。
どこで見たんだろう。
ケイ、ケイ…
君はどこにいるんだい。
声に出さずに、心でつぶやく。
守りたい黒い目。
微笑むときれいで、涙にぬれてもきれいで。
ケイと会って数日しかしていないのに、
ずうっと一緒にあったような。
他愛もない話しかしていない。
酒のこととか、ああそうだ、続き夢の話が発端だったね。
ケイの続き夢を聞いていないよ。
君はどこに行っているんだい。
夢の中のケイは、もしかしたら、緑自身と似たようなことになっているのかもしれない。
毎日、同じ場所に行って、日常を過ごして。
壊れた時計を持っているだろうか。
ケイも、壊れた時計を持っているだろうか。
そして、緑と同じ世界を、緑の近くにいるんだろうか。
デートをしたら、さりげなく、続き夢の話を聞こう。
さりげなく。
緑のどこかが、「そんなこと出来たら苦労しない」と、ぼやく。
いくつかの世界の、きれいな黒い目の人。
ずっとそばにいてくれた。
緑とケイの世界は、つながっているのかもしれない。
同じ世界を生きているのかもしれない。
緑とケイのように。
多分、小さな世界を。
緑は、パソコンをつけると、この近辺の検索に当たった。
評判のいいランチくらいはおさえておこう。
もしかしたらケイも調べているかもしれない。
どうでもいいこと。
でも、必要なこと。
多分それがデートを構築するもの。
どうでもいいことが漠然としていて、大きな化け物に思えるかもしれない。
パソコンをいじりながら、緑は夢想する。
デートという化け物、
その向こうにお姫様の、ケイ。
緑は勇者になって、化け物に立ち向かう。
しかし、そこまで考えたら、
緑の中ではなぜか、お姫様が化け物を退治してしまう。
ケイは強い。
どこがというのを感じたわけではないが、彼女は強い。
化け物なんか一ひねりだ。
黒い大鎌を持って、ばすんと。
なんでかはわからないが、そんな気がした。
緑はパソコンの時計を見る。
夢中になって検索をしていたら、もう、こんな時間だ。
真夜中まであと少し。
緑はOSをシャットアウトして、
パソコンの電源を落とした。
「おい」
いつものネフロスの声。
緑はタムに変わる。
「はい」
OAチェアを回して、椅子から下りる。
「表側の世界も、大変なんですよ」
「そうらしいな、真夜中まで声が届かない」
「裏側の世界はどうですか?」
タムはネフロスにたずねる。
「丁度さっきのお前みたいに、うんうんうなってるやつがいた」
「いるの?」
「プミラだ」
「ああ…」
パキラに告白して、成就したプミラ。
「デート?」
「詮索しないほうがいいだろう」
ネフロスは、こんなところがドライだ。
「デートって、どうしていいか、わかんないんだよね」
「知ったことじゃない」
「それでプミラはどうしたの?」
「アイビーにグラスルーツでいろいろ聞いてたらしい」
「ふぅん…」
タムは首をかしげる。
「知ってるところに行けばいいのに」
「それが出来ないから、デートは化け物なのさ。さぁ、いくぞ」
二人は扉をくぐった。