キカクが風をすする。
そのたびにガラスの球の器から、
ガラスの細い管を通って、
ひょお、と、風の音がする。
キカクは、ガラスの器を振った。
風鉱石と呼ばれたらしい、鉱石がからからとなる。
「それでさ」
スミノフが話し出す。
「結局、風すすりってどういうものなのさ。僕わかんないよ」
スミノフの頬は、ぷぅとふくれた。
アリーゼがころころと笑った。
「風すすりは、大人の娯楽、風をすする。これは聞いてる?」
「うん」
「風すすり用の風は、この風配管を通してくるの」
「かぜはいかん?」
「風配管は、黒銅の門の通りに網のように張ってるの。外の壁にあるのを見たと思うの」
「へぇ…あれか」
「だから、黒銅の門の通りのどこに作るのかから、計算しないとだめ」
「すごいや」
「あと説明することは…そうね、器と風鉱石かしら」
「うん、説明してして」
スミノフが身を乗り出すようにしている。
リタはスミノフの黒い目を見た。
好奇心に輝いている。
「器は、専用の器。風宿りの器。球と管を合わせる職人が作った器。そうでないと風が宿れない」
「ふむ、それで変な格好なんだね」
「風すすりではポピュラーよ。それと、風鉱石」
「うん」
「風鉱石は、風をとどめておく鉱石。これを入れると、風を長く楽しめるの」
「器だけじゃだめなんだね」
「そう、風すするための器、風を宿す仕掛け、両方そろってないとだめ」
「いやー、勉強になったよ」
スミノフは、椅子に座りなおした。
そして、
「リタ、わかった?」
と、リタに話を振った。
「うん、聞いてたし、わかったよ」
「すすりたいと思わない?」
スミノフの好奇心は、そっちに向いたらしい。
「やめとこうよ、大人の娯楽なんだってさ」
リタがいさめると、スミノフはやっぱり、頬を膨らませた。
「いいこぶりっこしやがって!」
スミノフなりに、ののしったらしい。
リタは、苦笑いした。
二人に挟まれたキカクは、
悠々と風をすすっている。
困ったリタと、ふくれっつらのスミノフ。
その間を、ひょおという風の音が過ぎていく。
風鉱石の奏でる風の音。
確かにリタも興味はある。
それでも、やめろといわれたらやめておくものだ。
そんなことをリタは考えていた。
「ごちそうさん」
「はい」
キカクが器を置く。
アリーゼが器を下げた。
「やっぱりいい風だな。町の許可もすぐに下りただろう」
「風すすりは、人によってはなくてはならないもの。場所さえ決まれば、後はとんとん」
「繁盛するといいな」
「ありがとう」
キカクとアリーゼがそんな会話をする。
「あの」
リタは割り込む。
「なにかしら?」
「ここも、町の管轄なんですか?」
「そうね、錆色の町の管轄。風は人によっては、なくてはならないものだから」
「意外と錆色の町っていろいろしてるんだ…」
リタは感想を述べる。
「錆色の町は、町になくてはならないものは、管轄してる」
「コーディネートとか、風すすりとか、ですか?」
「そうねぇ…それから、研究資材とか、蒸気管の点検修理とか。医療もそうね」
「個人でやっていくことって、何かありますか?」
「個人というか…集団で何かやらかそうとするのは、いるみたいね」
「集団?」
「最近もいるのかしら、中央火球広場で演説してるの」
「…火恵の民」
「そうそれ、最近店にかかりきりで、よくわからないんだけどね」
「あれは、町の管轄じゃないんですね」
「あたしもよくはわからないわ。町がかかわっていないらしいってことくらいね」
「でしょうね」
リタは話を途切れさせて考えた。
では、火恵の民の技術はどこから出ている?
「リタ」
ぶすっとした、スミノフの声がかかる。
何かまた、スミノフを怒らせるようなことがあったかもしれない。
リタは考えを中断して、そっとスミノフを見る。
スミノフはリタのほうを向いて、腕を組んでいる。
眉間には軽くしわ。
「僕のことほっといて、面白いことを聞くな!」
リタは、ぽかんとした。
スミノフは笑い出した。
怒ったり笑ったり。
ぼんやりしがちのリタは、スミノフの喜怒哀楽が、まぶしく見えた。