タムは服を乾かして、ため息を一つついた。
『おつかれー』
風のシンゴが声をかけてくる。
「うん、なんだか疲れたかも」
タムは苦笑いする。
こんこん。
ノックの音がする。
『だれだろ?』
「開いてます、どうぞ」
タムは声をかける。
入ってきたのは、ベアーグラスだ。
黒い目がタムを見る。
「具合はどうかしら?」
「水浴びたし、ずいぶんいいです」
「よかった…」
ベアーグラスは、安堵のため息をついた。
「タムが無事で、本当によかった」
「あの…心配、してくれたんですか?」
「うん…グラスルーツ経由で、火恵の民がいたということ知って…」
「やっつけましたよ」
「酒精術の覚醒は、身体に負担があることもある。だから…」
ベアーグラスはうつむいた。
タムはベアーグラスに歩み寄り、彼女の肩を持った。
両の肩を、両手でしっかりと。
「僕も戦わなくちゃいけないときがあります」
ベアーグラスはうつむいている。
「それでも、タムを守りたかった。あたしがどんなことになろうとも…」
タムは歯がゆい思いをする。
「同じくらい、ベアーグラスさんを守りたいとしたら、どうします?」
「同じくらいの思いなんてない…」
「ベアーグラスさんを守りたいし、戦力になりたい。偽りはないです」
「でも…」
ベアーグラスは顔を上げた。
タムの間近に黒い目がある。
「ねぇタム。約束して」
「…はい」
内容にもよるとは思ったが、タムはベアーグラスの約束を聞くことにした。
ベアーグラスはタムの目を見る。
黒い目が、潤む。
涙だ。
「あたしを忘れないで、あたしを置いていかないで」
ベアーグラスの涙の約束。
タムは答える。
「忘れません。置いていきません」
ベアーグラスが瞬きする。
涙が零れ落ちた。
タムは肩に置いていた手を、ベアーグラスの頬に持っていくと、
親指で涙をぬぐった。
どこかで、こんなことをした気がした。
「…タム」
「はい」
「約束いっぱいだけど、もう一ついいかな」
「はい」
「…あたしを見つけて」
「どこで?」
「どこかで」
タムは、なんとなくわかる気がした。
雨恵の町以外にも、世界はあるのだ。
そこで見つけてほしいのだろう。
「きっと、見つけます」
ベアーグラスが瞬きした。
黒い目から涙が落ちる。
タムはまた、親指で涙をぬぐった。
優しく、ゆっくり。
「タム」
「はい」
「あたしたちは、大人じゃない」
「そうですね」
ベアーグラスが、不意にタムに抱きつく。
タムはとっさのことに反応できず、ただ、抱き疲れるままになった。
あたふたした頭の中。
でも、身体は確かなぬくもりを感じている。
あたたかい。
ベアーグラスは、タムの肩口に頭をうずめている。
「恋とか愛とか、告白とか。そういう年じゃないかもしれないの」
「…はい」
「ませてるかな?」
「わかりません」
「でもね、恋とか愛とかわからなくても、タムを守りたい。タムのそばにいたい。そう思うの」
タムは恐る恐る、腕を動かした。
タムに抱きついたベアーグラスが、ピクリと反応した。
タムはそっと、ベアーグラスの背をなでた。
シンゴは黙っている。
カーテンが踊っている。
「タム」
「はい」
「このままでいいから、今日あったことを話して」
「このままで?」
「タムの温度があたたかいから」
「はい」
ベアーグラスは、相変わらずタムの肩口に顔をうずめている。
タムは背中をなでたり、時折、ぽんぽんとあやすように叩きながら、
今日あったことを話した。
朝方告白していた、プミラと、それからアスパラガスと、
サボテン治療屋に行ったことから。
タムはお見舞いを任されて、
ヘデラというアイビーの妹と、アラビカと、ポリシャスにお見舞いした。
チャメドレアという女が火恵の民を引き連れて、タムもそこで戦った。
「ユッカの身体とか言ってましたっけ」
タムはそんなことを織り交ぜて、話を一区切りした。
ベアーグラスが頭をふるふると動かす。
タムはまた、背中を叩いた。
シンゴは相変わらず黙っている。
世界から、二人だけになったような感じがした。