グラスルーツ送受信機のベルがなる。
無線でも有線でも、着信の音は同じらしい。
ヘデラは受話器を取った。
『この病室はまだ無線みたいね』
部屋にアイビーの静かな声がする。
「姉さん、エリクシルのタムに聞かれるよ」
『そのほうが、いいかもしれません』
無線のアイビーの声は、いつものように静かに落ち着いている。
ヘデラは細い手で受話器を持ち直す。
「姉さんは、治療屋まで支配下に置きたいの?」
『…まだ、そう思っているのね』
「この雨恵の町を支配する女神になると思わなければ、納得いかないのよ」
ヘデラは感情任せには物を言えない。
声を張り上げようとして失敗して、
こほこほと咳き込む。
『ヘデラ、聞いて』
「…何を?」
『世界はまた一つになり、彼は見つける』
「…また、一つになる?」
『そこにいるタムが解放した、フユシラズ最後の予言です』
ヘデラは信じられないように、タムを見た。
『雨恵の町だけでなく、いくつか世界は存在し、そしてそれは一つになる』
「姉さん、それじゃ、雨恵の町だけでなく…」
『わかっているでしょう?グラスルーツはせいぜい雨恵の町まで。ほかの世界までのばせない』
「雨恵の町だけでも支配下に…」
『一つになるのに、どうして支配するの?』
「それは…」
『私は女神なんかになれない』
アイビーが悲しげに笑った気がした。
『私はエリクシルのアイビー』
「姉さんは…何がしたいの?」
アイビーは、間をおいた。
考えているらしい。
『世界が一つになったとき、もう一度私たちを見つけやすくするために、つなげている…』
「フユシラズの予言の、彼、が?」
『そう、彼とは何を示すのかわからない。それでも、繋がっていれば、一つをもとに見つけられる』
ヘデラは、受話器をまた持ち替えた。
片手で目をぬぐう。
「姉さんなら…雨恵の町を支配できると思ってた…だから、阻止しようと…」
『それであなたは健康を害した…ごめんなさい、確証が得られなかったの』
「姉さん、姉さんはグラスルーツをつなげて、何が得られるの?」
『…祈りです』
「祈り…」
『まためぐりあえる。その、祈りをこめてグラスルーツを編んでいます』
「姉さん…」
『なにか?』
「それで満足?」
『ええ、とても満足しています』
アイビーは満足そうに言う。
タムはイメージする。
グラスルーツ管理室の中、細かいギミックをいじりながら、受話器を持って話すアイビー。
きっと微笑んでいる。
満足そうに。
『雨恵の町の町長はポリシャス。そして、女神はまた別にいます。私の出る幕ではありません』
「姉さん…」
『今、そちらの治療屋も工事中です。グラスルーツが有線になったら、もっと話しましょう』
「姉さん…」
『光を浴びて、水を飲んで、元気になってください』
ヘデラは、目をぬぐった。
涙があふれているらしい。
「姉さんこそ、光をちゃんと浴びてね。そして、一つになる世界とかでも…」
ヘデラはしゃくりあげた。
「一つになる世界とかでも、姉妹になろう。女神になれるくらいの、姉さんなんだから」
『また、姉妹になりましょう』
「うん…」
ヅヅッ…
グラスルーツの音声にノイズが入る。
『どうやらそちらの部屋が、ヅヅッ、工事が始まるようです、ヅヅッ、では…』
通信は、プツリと途切れた。
ヘデラはしばらくしゃくりあげていたが、
やがて、細い手で受話器を戻した。
目には涙が残っている。
短い髪のかつらもずれている。
ヘデラは気にしないらしい。
また、ひっくとしゃくりあげた。
「ヘデラさん…」
タムは声をかけた。
「アイビーさんは、女神にはなれないといいますけど」
タムは、とつとつと話す。
「エリクシルをしっかりまとめてくれています。なくてはならない存在です」
ヘデラは、タムを見た。
そして、タムに手招きした。
タムはよくわからないまま、ヘデラに近づく。
「握手、してくれる?」
「握手?」
「予言を解放してくれてありがとう。きっと、姉さんの祈りも届く」
ヘデラはそう言うと、タムの手を握った。
かさかさして細くなった手でも、あたたかい手だった。