「おいお前ら、いつまで泣いてるんだ」
タムの後ろから、ネフロスが出て行く。
見届けるだけ見届けたら、もういいと思ったのだろう。
タムの部屋からネフロスはつかつかと出て行き、
その鋭い目でにらみ、ブーツで蹴るような動作をする。
しかしタムはわかっている。
パフォーマンスというやつだ。
ネフロスは、目つきは悪いけど、
弱い人やらをほっとけない人なんだと、タムは勝手に思った。
「プミラが恋をかなえたのでがす」
「拙者、これほどの感動を」
「いいから、さっさと部屋に戻る、ほら、散った散った」
アスパラガスと、ポトスは、プミラに一言二言、言葉をかけて、
部屋に戻って行ったらしい。
そして、まだしゃくりあげているプミラが残った。
アスパラガスやポトスと比べると、
男泣きというより、子どもがしゃくりあげている感じだ。
ネフロスは、大げさにため息をついて、
「で、手紙なんて案を出したのは、クロか?」
プミラはうなずいた。
「わ、わてのこ、言葉はおかしいさかい、めちゃめちゃ、や、さかい、てがみ…」
「あーあー、わかったわかった」
ネフロスはめんどくさそうに、プミラの言葉をさえぎった。
そして、プミラのトレードマークの一つである緑の野球帽を、
無理やり深くかぶせた。
「あんまり泣くと、水がほしくなるぜ。部屋戻って飲んどきな。じきに仕事も来る」
プミラは、やっぱりこくこくと何度もうなずき、部屋に戻っていった。
ネフロスは、何事もなかったかのように、ネフロスの部屋に戻ろうとする。
「ネフロスさん」
ベアーグラスが声をかける。
「優しいのね」
ネフロスは眉間にわざとらしく、しわを入れ、片手をひらひら振って、部屋に戻った。
ベアーグラスは、おかしそうに笑った。
そして、
「おはよう、タム」
ようやく挨拶だ。
「おはようございます」
タムは丁寧に返した。
「朝からみんな元気で参っちゃう」
ベアーグラスは、黒い目を細めて、笑って見せた。
「参っちゃいますか?」
タムがたずねると、ベアーグラスは眉根を寄せて困った顔をした。
「昨日連弾したから、ちょっとだけ」
「れんだん?」
「ほら、二つ一緒に使うの」
「ああ…」
タムは思い当たった。銃弾を二つ一緒に使うこと。
それをきっと連弾というのだ。
「一つでも十分だったかもしれないけど、やっぱり確実にしとめたかった」
「火恵の民…」
「うん、それもあるけど、やっぱり、守りたかった」
「予言を、ですか?」
ベアーグラスは意味深に笑う。
「それは自分で考えなさい」
タムはまた、子ども扱いされた気分がした。
ネフロスだけでなく、同じ年頃と思われる、ベアーグラスに。
タムは、怒りに頬を膨らませる。
子ども扱いされるなら、とことん子どもになってやる!
わけのわからない、子どもっぽい理由で、タムは怒る。
「タムは天然だから」
ベアーグラスは、そう言った。
不意に言われたその言葉は、どこかで聞いた覚えがした。
タムの頭から、風船がしゅるしゅるしぼむように、怒りが抜けていく。
「すくすく今から育ちなさい」
ベアーグラスは笑って、部屋に引っ込んだ。
一人残されたタムは、ため息をひとつついた。
「天然…かぁ」
どこかで聞いた言葉。
タムはつぶやくと、静かに部屋に戻った。
扉を閉める。
『おはよー』
風のシンゴが、明るく挨拶してくる。
「おはよう」
タムが挨拶を返すと、シンゴはうれしそうに、タムのジャケットを膨らませた。
ぽわぽわできもちいい。
しゅうん、と、シンゴが抜けていく。
『恋愛って大変だなー』
「プミラのこと?」
『うん、聞いてたけどさ。泣きながら喜んだり、すごいよなー』
「そういうのもあるんだね」
『タムはそういうのないのか?』
「まだ、わかんないや」
タムは正直に答えた。
『ふぅん、タムはチビだからな』
「うるさいやい」
タムは両手を上げて、怒っているという動作をした。
『タムはチビだから、守りたくなるのかもな』
「守りたくなる?」
さっき聞いた言葉だ。つい、さっき。
『んと、例えばどんなことをしても、守りたくなるとか』
シンゴに他意はないらしい。
「…連弾しても?」
『風は連弾できないけど、そういうことしても守りたいって事、あるんじゃないかな』
シンゴは、ふわっとタムに吹いて見せた。
心地よいシンゴの風が、
ぐるぐる考えているタムの頭をなでていった。