エーテルと聞いて、困惑したらしいリタとスミノフを、
サファイアはその義眼で読み取ったらしい。
あるいは、蒸気の中なら、気配も読み取れるのかもしれない。
サファイアは微笑を浮かべ、
「えっへん」
と、わざとらしく咳払いして見せた。
視線の合わない義眼が、それでも、にっこりと微笑んでいる。
「困惑はごもっとも、でも、君たちの力が必要なんだ」
「えー…」
リタが言葉をつなごうとする。
「エーテルというものだよ。まぁ、一つ一つ話そう」
リタはサファイアを見上げる。
サファイアの視線はあわないが、リタのこともスミノフのこともわかるらしい。
「蒸気まみれの部屋だけれど、椅子があるよ。そこに座って話そう」
サファイアは奥へと歩き出した。
二人がそれに続いた。
胡散臭くはあるが、敵ではないみたいな感じだ。
奥には、蒸気光石で光っている板がある。
何かをあらわしているらしいが、
記号や何やらでよくわからない。
「まぁ、かけなさい」
サファイアは、椅子を引っ張り出して、二人に勧め、
自分も椅子に腰掛けた。
金属特有の、ギィときしむ音がする。
蒸気にまみれた部屋の中、つくりなのか、椅子は蒸気にまみれていない。
「お尻がぬれるかと思った」
スミノフがぼやくと、
「蒸気だらけの町なんだ、そんな椅子がないと大変だろう」
と、サファイアは笑った。
そして、サファイアは真顔になる。
「プロジェクト・リキッドと、エーテルについてだね」
二人はうなずいた。
「まずは、この世界以外にも世界がある。それはわかるかな?」
「この世界以外にも…」
スミノフがつぶやく。
「ここは、クロックワークの狭間と呼ばれ、そこにある錆色の町という小さな世界だ」
二人はうなずいた。
「私の研究では、ここ以外にも世界があり、それは、表側の世界、裏側の世界とされている」
リタは聞き覚えがあった。
スミノフのほうをちらりと見ると、神妙な顔をしている。
「私は、その世界たちにアクセスできないかと考えている」
「世界にアクセス」
リタが反芻する。
「そう、そして…」
サファイアは続ける。
「世界を一つにする瞬間を見たいし、その手助けをしたいと思うのだ」
リタは目を見開いた。
サファイアは、驚いたらしい二人の気配を感じたのか、続ける。
「プロジェクトの名前の由来は、表側の世界では、私は液体らしいからだ。液体の計画だよ」
スミノフが、身を乗り出す。
「じゃあ、エーテルってのは?」
サファイアが、微笑んで、説明を始める。
「エーテルとは、私の概念では、つながっているもの、まずはそこから始めよう」
「つながっているもの?」
スミノフは、首をかしげた。
「そう、壊れた時計を軸にして、つながっているもの。私はそれを仮にエーテルという概念にしている」
「どこに何がつながっているのさ」
「この世界に、君たちだ」
スミノフは虚をつかれ、きょとんとした。
リタも似たようなものだったかもしれない。
「町役場の照合では、君たちの壊れた時計は、世界をつないでいる。君たちはエーテルになりうる」
「エーテルに…」
「でも、世界をつないでいるって…何をすればいいんですか?エーテルって言われても…」
「そうだねぇ…」
サファイアは、見上げるようなしぐさをした。
「世界のそれぞれを、忘れないでいてほしい。それはきっと大きな力になるはずだ」
「ふぅむ」
スミノフがうなずく。
「世界を覚えていることにより、エーテルとしてのつながりが増す」
「エーテルとして強くなると」
「そうだ、そして、そのエーテルがきっと世界を一つにする」
スミノフはまじめに聞いて、
「だ、そうだよリタ。わかった?」
「スミノフが説明したわけじゃないよ…」
スミノフはまじめなリタに大笑いした。
サファイアも笑って二人を見ている。
「さて、二人には部屋を用意してあるよ。蒸気掃除がしてあるはずだ」
サファイアは、席を立って歩くと、近くにある扉を開いた。
扉の向こうは、廊下が続いていて、蒸気光石で明るい。
「この廊下の扉に、君たちの名前がある部屋を使いなさい」
「ありがとうございます」
「ありがと」
二人はサファイアに一礼し、廊下に出た。
廊下はサファイアの研究施設ほどは蒸気でけぶっていなかった。
心地よい湿気の中、二人はおのおのの部屋を探した。