リタは扉をノックした。
しゅんしゅんしゅん…
上から何か音が聞こえる。
しゅんしゅんしゅん…
降りてくるようだ。
リタは反射的に少しだけの階段を下りた。
「リタ、上からなんか来るよ」
スミノフは路地の上を見ている。
リタもつられて上を見た。
路地の扉の上から、箱のようなものが降りてくる。
しゅんしゅんしゅん…しゅー…しゅー…
箱のようなものには、金属の蒸気管がついていて、それが動力源か何からしい。
リタは、そっと箱に近づく。
蒸気をしゅうしゅう言わせている箱の、上ふたがぱかっと開いて、蒸気を撒いた。
しゅーっという蒸気がおさまってから、リタは箱の中を見た。
手のひらサイズのくぼみ。
手を置こうとしたが、近づけるだけで熱い。
「リタ、なんかわかったかい?」
「手のひらサイズのくぼみがあるよ」
「ふぅむ…」
リタは、地図が間違っていないことを、金属の板で確認する。
…金属の板も、手のひらサイズだ。
「これかな」
スミノフはうなずいた。
リタは、そっと、金属の板を箱に入れる。
箱は一度、自動的にぱっくりふたを閉め、
しゅんしゅんしゅん!
と、沸騰したように蒸気を上げ、
しゅーっと落ち着くと、また、箱はぱかっとふたを開いた。
ちょっとだけ、手に取りやすいように、金属の板が浮き上がっている。
リタは金属の板を手に取る。冷えている。
「スミノフも」
「うん」
スミノフも同じように箱に金属の板を入れる。
箱は沸騰して、また、金属の板を返した。
しゅんしゅんしゅん…
箱はゆっくり上へ上がっていき、
扉が、ガチャリという音を立てた。
「きっと鍵が開いたんだ」
スミノフが好奇心の塊で扉に向かう。
そして、ためらいなく、扉を開く…
しゅーっ!
扉から吹き出る蒸気!
スミノフはびっくりして、扉を閉めた。
スミノフは、びっくりした顔でリタを振り返る。
「熱かった?」
スミノフは無言で首を横に振る。
「なら、今度は僕が入る、スミノフは危険じゃないようなら来て」
スミノフはこくこくとうなずき、リタの後ろについた。
リタは、扉を開ける。
やはり吹き出る蒸気、熱くはない。
リタは、一歩進んだ。
二歩、三歩…
後ろからスミノフが入ってきて…
扉が閉まった。
湿度が高く、温度も高い気がする。
熱くはないと感じた。
「やぁ、ボンベイ・サファイア研究所へようこそ」
蒸気の向こうから声がする。
姿はおぼろげに、男のものだとわかる、声は静かな、若い男の声だ。
人影が近づいてくる。
蒸気の中、こつこつと足音が響く。
長身の男が姿を現した。
白衣を着ているが、髪は短め、ほっそりしている。
特筆すべきはその目で、ガラスのような青さで透き通っている。
「私は、ボンベイ・サファイア、研究所の所長を務めている。サファイアとでも呼んでくれ」
「僕はリタ」
「僕はスミノフ」
「鍵蒸気箱で読み取ったよ、ようこそ」
外の箱は、鍵蒸気箱というらしい。
サファイアの目は、焦点が合っていない。
「サファイアさん…」
リタが話しかける。
「なんだい?」
「それ、見えているんですか?」
「ああ、蒸気義眼といってね、蒸気があれば存在を確認できるんだ」
「蒸気があれば?」
「視線という概念はないがね、君たちのことはよく見えるよ」
「どういう仕組みなんですか?」
「蒸気に反応する鉱物がある。蒸気光石といってね、蒸気に当てると光るんだ。それを応用している」
「すごいですね」
「ただ、なかなか外には出られないよ」
サファイアは、視点の定まらないガラスのような目で笑った。
「さてと…」
サファイアが話を切り替える。
「プロジェクト・リキッド。そう聞いてきたものと思う」
リタとスミノフはうなずいた。
「壊れた時計は、ちゃんと持っているかな?」
また、リタとスミノフはうなずいた。
サファイアはうなずいた。
「プロジェクト・リキッドは、エーテルを作ることを目的にしている」
二人はいきなり混乱した。