火恵の民のことを話し終え、
タムはぼんやりグレードマザーのことを考えていた。
世界を表側と裏側に。
そして、雨恵の町を切り取った、グレードマザー。
表裏は一体として、大いなる熱を災いとして切り離した彼女。
彼女は、火恵の民の異端をかじる、自分たちをどう思うだろうか。
ぼんやりそんなことを考えていると、
出入り口の扉が開いたらしい音がする。
からんころん。
乾いた音がした。
「派手にやったわねぇ」
明るい女性の、パキラの声がする。
「報告では、侵入者が壊したそうだ」
いつものネフロスの声だ。
タムはなんだか安心した。
扉から二人がやってくる。
アラビカも安心したらしく、微笑を浮かべた。
ネフロスが、アラビカに歩み寄り、自己紹介をした。
「エリクシルのものです、俺はネフロス、彼女はパキラといいます」
「このたびはどうも」
アラビカが座ったまま、頭を下げた。
「とにかく、治療屋を呼びました。この二人はエリクシルで引き取ります」
タムは頬を膨らませた。
「引き取るなんて、迷子じゃないんだから」
ベアーグラスは相変わらず、気持ちよさそうにタムにもたれかかっている。
寝ているのか起きているのかは、わからない。
パキラがひょいと、ベアーグラスをお姫様抱っこした。
「帰って、いっぱい水。クロには言いつけてあるから」
「…ん」
ベアーグラスはもぞもぞと丸まった。
「タム、お前もあんなふうにされたいか?」
ネフロスがニヤニヤ笑いながらタムに問う。
目つきが鋭いのに、ニヤニヤ笑っている。
タムは思う。心底、からかっているのだ。
「僕は歩けますよーだ。それに、引き取るとか言わないでよ」
「まだチビどもだ」
「ふんだ」
タムは立ち上がり、ネフロスに、思いっきり歯をむき出して、
「いーっだ」
と、悪態をついた。
ネフロスは、一瞬びっくりしたようだが、
「それだけ出来るなら、大丈夫だな」
と、タムの頭をなでた。
ずいぶん水に当たっていて、髪は湿っている。
それでも、ネフロスの手は心地よかった。
「ベアーグラスが、火恵の民をやっつけたんだ…」
「そうらしいな」
「僕は…」
「酒精術は使わなかった。そして、予言を守ったと聞いている」
「僕は…」
タムはうつむく。
ネフロスがぽんぽんとタムの頭を叩いた。
「それだけ出来れば上等だ」
「僕は!」
タムは叫ぶ。もっと何か出来るはず、ベアーグラスに負担をかけたくなかった、みんな守りたかった。
いろんなことがぐるぐるとして、言葉がすぐに出てこない。
後ろから、タムの肩に手が置かれた。
アラビカが微笑んで立っていた。
「出来るはずとはよく思うことです。私もフユシラズ様を守れると思っていました」
「アラビカさん…」
「それでもできなかった。まずは、やれることを増やす。それが自信になるはず」
アラビカは笑みを深くしようとして、痛みに顔をゆがめた。
ネフロスがアラビカに肩を貸す。
アラビカがもたれかかった。
「修繕屋も呼んであります。天井などは彼らに任せ、とにかく、治療屋に見てもらってください」
「…はい」
アラビカはネフロスに引きずられるようにして、フユシラズの予言所をあとにした。
ベアーグラスを抱いた、パキラが後に続いた。
タムがその後に続く。
タムは一度、フユシラズの予言所を振り返った。
壊れた予言所は、ぼんやりと何かが舞い降りてきそうだと思った。
ふと、思い出す。鼻をひくひくとさせる。
命の匂いとやらは、もう、しなかった。
タムは外に出た。
よどみ返しの水の降る中、
アラビカは仰々しく担架に乗せられた。
担架を運ぶ白衣の男たちには、腕章がついている。
タムはそれを見ようと近づいた。
「サボテン治療屋」
タムは腕章を読み上げる。
坊主にちょっと毛が生えた程度の男が、担架を持っている。
サボテン治療屋の担架はアラビカを運び、そのまま清流通り三番街へと出て行った。
タムたちは、エリクシルのアジトに戻ることにした。