ベアーグラスは、ギルビーと対峙している。
火は予言を焼き尽くしたらしい。
…タムの手の中の種を除いて。
「ベアーグラス!」
タムは叫んだ。
ベアーグラスは振り返らず、ギルビーと対峙している。
緑色のラインの入ったワンピースが翻る。
白い髪が熱風で煽られる。
タムの方向から、ベアーグラスの目は見えない。
きっと黒い目がギルビーを見据えていると思った。
守らなくてはいけないのに、
タムは首にかけた銃弾を思い出した。
ウォッカ、スミノフとスピリタス。
表側で調べたはず。
ならば、
タムは首の銃弾を取り出そうとした。
「ここはあたしに任せて」
ベアーグラスは静かに宣言した。
「ほぅ」
ギルビーが小ばかにしたように答える。
「あたしには出来るのよ」
ベアーグラスの手の中で、二つの銃弾が乾いた音を立てた。
「異端の命を使うことがか?」
「異端上等よ」
ベアーグラスは銃弾二つを前にかざし…
二つとも口に放り込み、噛み砕いた。
ベアーグラスの白い髪が、美しい緑の髪に変わる。
きっと瞳も緑に変わっていることだろう。
ベアーグラスは、両手を上にかざす。
「現れよ、カルーア。現れよ。スミノフ…」
そして、パンと胸の前で手のひら同士を合わせた。
「ともに現れよ、ブラック・ルシアン!」
ベアーグラスは、両の手のひらを離し、構える。
そこには、黒い、大鎌があった。
死神のような鎌が。
ギルビーは火をまた撃ち出さんとしている。
ベアーグラスは信じられない速度で、ギルビーに詰め寄り鎌をふるう。
ギルビーは僅差でよけたが、眼帯が外れた。
傷でつぶれた目だ。
「やるな…」
と、ギルビーが言い終わる前に、ベアーグラスはギルビーに襲い掛かる。
今度はタムからも見えた。
緑色の目の、鬼気迫る表情をしている。
死神か鬼にでもなってしまったんだろうか。
銃弾二つなんて…
ギルビーは防戦する。
ベアーグラスは、大きな鎌をギルビーの右肩に引っ掛け、傷をつけた。
「そんなに右手が大事?」
ベアーグラスは挑発するように言う。
ギルビーの右肩からは、透明の液体が滴っている。
ベアーグラスは、また、構えた。
鬼神のごときその強さ。
ギルビーも、また、構えた。
焼き尽くさんとする強さ。
「次はそっちの右腕をいただくから」
「焼き尽くす」
両者が激突する。
分が悪いのは…ギルビーだ。
ベアーグラスの覚醒した状態は、信じられないほど速い。
緑色の瞳が笑ったらしい。
「バイバイ」
ベアーグラスは鎌を思いっきり引いた。
ギルビーの右手が一閃のもとに断たれ、火のほうに吹き飛び、青白い火を上げて消えた。
ギルビーはうずくまった。
ベアーグラスはその首に鎌をかける。
「火恵の民は何をたくらんでいる」
「予言を消し去ること…俺の役目はそれだけだ」
「あいにくだけど、予言はこれで全てではないわ」
ギルビーが驚愕に目を見開き、頭を上げた。
ベアーグラスは笑った。
「役目を全うできなくて悪いけど、お前はこれで終わり」
ざんっ…
ギルビーの首が、タムのほうに転がってきた。
絶望に近い表情と思われた。
タムはとっさに、ギルビーの首を火にくべた。
青い火を上げ、ギルビーの首は燃えてなくなった。
「解除」
ベアーグラスは静かに解除した。
黒い大きな鎌もない。
白い髪、黒い瞳のベアーグラスに戻った。
予言を焼き尽くした火は、消えようとしていた。
天井の壊れたところから、
よどみ返しの水が落ちてくる。
タムはそこへと向かった。
ぼんやりした太陽の下、
タムは手のひらの最後の予言に、水を当てた。
広がる最後の予言、最後の命。
『世界はまた一つになり、彼は見つける』
予言はそれだけ言うと、霧のように消えた。
くすぶっていた火は消えた。
雨のように、天井から水が落ちてきていた。