タムとベアーグラスは、エリクシルのアジトから外に出た。
扉を閉めると、きちきち、チーン、ガチャリ、と、音がした。
いつもの施錠。
「よどみ返しだったよね」
ベアーグラスが確認する。
タムはうなずいた。
「カビは怖いけど…乾くのも苦手かなぁ」
ベアーグラスはぼんやりとつぶやいた。
乾きの治療院の記憶が、そう言わせているのかもしれない。
不意に、タムは衝動に任せ、ベアーグラスの手を握って、歩き出した。
「ちょっ、ちょっ」
ベアーグラスがあわてる。
タムはずんずん歩こうとして、やっぱり止まった。
タムは止まると、手を離し、しょぼんとしながらベアーグラスに告げた。
「頼れる男になりたいんですよ」
「誰が?」
「僕が」
ベアーグラスは微笑んだ。
「それで強引に歩き出したの?」
タムはうなずいた。
隠すこともない。
ベアーグラスは、片手を出した。
「一緒に歩こう」
タムはぱっと笑顔にすると、その手を取った。
ベアーグラスも笑顔になった。
お互い笑っていたほうがいいらしい。
タムは、ベアーグラスと手をつないで、
清流通り三番街を歩いた。
時折、いっぱい上からぶら下がっている、看板や標識を見る。
グラスルーツでつながっているのか、配線もたくさん上にある。
「よどみ返しは端っこだったよね」
「そうみたいです」
住人が行きかいしている。
さっき掃除されたであろう、水のあとがある。
少しだけ、薬のにおいがしたような気がした。
「ドラセナさんが、また掃除したのかな」
「そうかもしれないわ。もしかしたら、こっちにも影響が来てるのかも」
「僕たちだけで解決できるでしょうか」
「弱気にならない」
ベアーグラスが笑った。
タムもにっこり笑い返し、よどみ返しに向かった。
ざざざ…
かすかに下から音がする。
「水音?」
タムが足を止めて耳を澄ませる。
「よどみ返しが近いのかもしれないわ」
「よどみ返しが?」
「きっとよどみ返しは、清流通りのよどみをひっくり返すと思うの」
「ふむ」
「それで、三番街のよどみをひっくり返す音がすると思うの」
「四番街や五番街の水とは違うんですかね」
「そうね、清流通りもいろいろあると記憶してるわ」
「さて、行きますか」
「うん」
二人は音のする、三番街の端っこへ向かった。
三番街の端っこのあたり。
大きく、水音がしている。
大きな水車らしいものが、ひっきりなしに水をかき回して、
上へ上げたり、下に戻したりしている。
ざざざざざ…
水は大きな音を立てて回り、
よどみなく回っている。
「すごいや」
「多分こうして、清流通りの地下に戻っていくのよ」
「なるほど」
「動力源も水ならば、かき回すものも水、あるいは風で動いているのかもね」
ベアーグラスが説明する。
タムはうんうんとうなずいた。
そして、
「それじゃ、フユシラズの予言所はこのあたりかな?」
「そうね…看板出てないかしら」
タムは周辺を見た。
あたりには、よどみ返しから生じる水しぶきで心地よく湿っている。
「あれかしら」
ベアーグラスが気がついた。
タムは、ベアーグラスの示したほうを見る。
「あの、風車のある建物」
ベアーグラスの見ている先には、
レンガの外壁、鉄の門、そして、建物の壁もレンガ、そして、屋根は黒。素材はわからない。
屋根の上には、風車がある。
方角を示すわけでなく、なにか、変な記号があって、風はそれを示していた。
「なんでしょう、あの、風車の記号」
「予言か占いの記号なのかも」
タムはよくわからなかったが、
雨恵の町で読めないものがあるのはよくあることと、勝手に納得した。
二人は鉄の門へと近づく。
中は石畳の庭だ。そこも、よどみ返しの水で少し湿っている。
タムは表札を見た。
「フユシラズ」
今度は読めた。
タムはベアーグラスは視線を合わせるとうなずき、
「しつれいしまーす」
と、ゆっくり鉄の門を開けた。