タムとベアーグラスは、池のふち二巻に戻ってきた。
エリクシルのアジトの扉を叩く。
こんこん。
「戻りました」
タムがそう言うと、
キリキリキリキリと、ドアの内側でかすかに、歯車やギミックの動く音がする。
チーンと、安っぽい金属の音がして、
ドアノブが動いた。
タムはドアノブをつかみ、扉を開けた。
明るいアジトの中。
二人が入ると、扉はギィと閉まり、
ガチャ、チャカチャカ、チーン、と、ロックがされたらしい。
「どうしようかな」
タムはアジトの中に入ってから、ぼんやりとそんなことを言った。
「みんな戻ってきてるし、部屋に戻ってたら?」
「んー…」
タムは頭をかしかしとかいた。
「気になることがあるんだ」
「気になること?さっきの講義とか?」
「そうじゃないんだ」
タムは思い出す。
シンゴが運んできた種。
「んっとね、僕の部屋には、シンゴって言う風が住んでる」
「風に名前をつけたって、パキラさんが言ってたわ」
「それでね、シンゴが種を運んできたんだ」
「たね?」
「僕はそう思った。それで、水をかけたら、不思議なことを言って…」
「たねが?」
「うん、気にかかるといえばかかるんだ」
「なるほどねぇ…」
ベアーグラスはある程度納得したらしい。
「やっぱり、アイビーさんかしらね」
「そうだね」
二人はアジトの、グラスルーツ管理室に向かった。
こんこん。
控えめに扉を叩く。
「どうぞ」
アイビーの静かな声が、入室を促す。
「失礼します」
二人は遠慮がちに入っていく。
アイビーは、ギミックをいじっていた手を止めた。
「何か聞きたいことでも?」
タムはうなずいた。
「アイビーさんは、花術の種ってわかります?」
「前にタムの部屋に気配は感じました。風が運んできたようですね」
タムはこくこくとうなずいた。
「あれは、フユシラズの種です」
アイビーは断言した。
タムとベアーグラスは、虚をつかれたような表情をした。
アイビーが柔らかく微笑み、話し出す。
「フユシラズは、予言者です。雨恵の町、清流通り三番街で予言をしています」
「予言者…」
「花術を用いて未来の予言を種にして、いくつも作っているとされています」
「ふぅん…」
「しかしながら…」
アイビーが言葉を区切る。
「フユシラズの周辺に、カビがはびこるようになったと聞きます」
「カビ」
ベアーグラスが震えた。
どうも、カビが苦手らしい。
タムはそっとその手を握った。
「予言をすればするほど、その身体は弱ると聞きます。花術の種は、命を削っています」
「命を削る術…」
「酒精術も、まぁ、使いようによっては命を削ります」
アイビーが言葉を区切り、また、話し出す。
「予言の内容を覚えていますか?」
タムは少し考え、
「チャメドレア…」
と、言葉を発してから考え、
「『チャメドレアはエリクシルでつなげ。忘れるな、ポリシャス』」
という、呪文のような予言を、そらんじた。
アイビーは考えた。
「エリクシルでつなげ、ですか…」
アイビーが間をおき、考える。
「もしかしたら…」
ベアーグラスが話し出す。
アイビーが静かに目を向けた。
「エリクシルに助けてって言い出したんじゃないの?」
アイビーは微笑んだ。
「そうですね。エリクシルはなんでも屋。そんな依頼があっても不思議ではありませんね」
アイビーはタムとベアーグラスに向き直り、
「フユシラズの予言所は、清流通り三番街の端、よどみ返しにあります。」
「よどみがえし」
「よどみやすい流れを返す、本来なら一番よどまないところです」
「本来なら?」
「最近ドラセナ掃除屋がこの通りにいると聞きます。よどみが来ているかも知れません」
「その人たちなら会ったよ」
アイビーがうなずく。
「フユシラズからのサインならば、エリクシルが動かなければならないでしょう」
アイビーは、歯車を回した。
奥から袋が、レールにつるされてやってきた。
「これはベアーグラスに。2つだけ入っています」
「前と変わってはいない?」
「同じです」
ベアーグラスは意を決して、袋を腰の横に下げた。
「タムには3つあるわね」
「はい」
「あなたたちで手に負えない場合、誰かが助けに行くはずです」
「わかるんですか?」
「グラスルーツでフユシラズの予言所をつないでおきます」
アイビーは、静かに二人に言う。
「あなたたちの力を見せてください」
タムとベアーグラスはうなずいた。
そして、グラスルーツ管理室を後にした。