ラセンイ博士は、拍手が鳴り止まぬうちに台から降りた。
タムには、若干疲れた風に見えた。
小柄な助手のヒポエステスが背中をさすって、水を渡している。
ラセンイ博士は、コップの水を飲み、少し元気を取り戻したようだ。
高らかな講義は、演じていたのか。
タムにはわかりかねたが、ラセンイ博士は、わかりにくい言葉だけれども、
がんばって研究結果を講義してくれたのだろうと思った。
「どう思う?」
隣のベアーグラスが話しかけてきた。
「うん、グレードマザーというのが出てきたね」
タムは答える。
「グレードマザーが、雨恵の町を作った、それでいいのかしら」
「多分それでいいと思う」
「そして、表と裏を切り離したのは、熱い太陽から私たちを守るため」
「約束の太陽かぁ…」
タムは上を見上げた。
ぼんやりした太陽が、上に見える。
グレードマザーが切り離した大きな熱。
つかず離れず、タムたちを照らしている。
そこには意思が核になっているらしい。
「ラセンイ博士、話せるかしら」
「何か聞きたいの?」
「んー…もう少しぼやけた太陽について、ちょっと聞きたいなぁと思ったの」
「うん、確かに気になる」
タムはラセンイ博士に目をやった。
ラセンイ博士は、噴水の近くのベンチにもたれてぐったりしている。
アイビーがかがんで、話を聞いている。
「…ラセンイ博士、きつそうだよ」
「そうね」
聴衆は、あちこちに帰っていく。
皆が、今回の短い講義について、いろいろ意見を交わしている。
「おい」
後ろから声がかかった。
ネフロスだ。
「帰らないのか?」
「うん、もうちょっとお話聞きたい」
「いくらなんでも無理だろ」
ネフロスは、ラセンイ博士をあごで示す。
ネフロスの後ろから、パキラが来る。
「博士がだめなら、アイビーに聞いてみれば?」
パキラが提案する。
「アイビーに?」
「アイビーなら、けたたましくないわよ、きっと」
「けたたましい?」
「あたしはちょっと、けたたましいと思った。あの博士たちが、がんばったのは認めるけどね」
パキラはそういうと、さっさと帰路に着いた。
「俺も戻っている。あんまり遅くなるなよ」
ネフロスはその場を離れた。
タムはベアーグラスは顔を合わせてうなずき、
アイビーの元へ向かった。
噴水のさぁさぁ流れる音がする中、
ベンチで、アイビーとラセンイ博士、そして、ヒポエステス助手が静かに話していた。
「いや、お恥ずかしい」
タムたちが近づくと、ラセンイ博士はそう言っていた。
「博士、あなたはがんばりました」
アイビーが静かに博士を賞賛した。
そして、アイビーがタムとベアーグラスに気がつく。
「なにか?」
タムはおろおろする、その横で、ベアーグラスが話し出した。
「聞きたいことがあって」
「ラセンイ博士はお疲れです。代わりに答えられる範囲なら、私が」
アイビーが静かにベンチに座りなおし、タムたちに向き直った。
「まずは、何から?」
「熱についてです。太陽も近ければ大変といいますけど…」
アイビーは目を閉じ、
「未完成の博士の研究ですが、雨恵の町に似たような共同体が、いくつも壊されたらしいのです」
「壊された?」
ベアーグラスが聞き返し、アイビーはうなずいた。
「燃やされた、乾かされた。そんな歴史がいくつもいくつもあるようです」
「そこでグレードマザーが?」
「そうですね、われわれだけでもと、雨恵の町に切り離した。その際、時計を壊して時の流れを変えた」
「時計…」
タムは、自分の壊れた時計に触れた。
「…時計については…」
ラセンイ博士がしゃがれ声で話す。
高らかに話しすぎて、声が一時的につぶれているらしい。
「時計については、まだ、研究中だが…」
「だが?」
「様々の命、様々の時計と分かり合えて、はじめて町は表と裏とともにある。私はそんな気がする」
「様々の命…」
ラセンイ博士が、タムとベアーグラスを見た。
「表側の世界では、分かり合えない命も、裏側の世界では分かり合える。声が届くのかもしれない…」
ラセンイ博士がむせた。
アイビーとヒポエステスが介抱した。
アイビーがタムたちに顔を向けた。
「アジトに戻っていてください。私もじきに戻ります」
タムたちはうなずき、アジトに戻ることにした。
「僕は…表側の世界でも、みんなを見つけられるかな」
タムはつぶやいた。
「きっと声が届くよ」
ベアーグラスは答え、先を歩いていった。
タムはうなずき、後についていった。