タムは部屋に戻った。
ふぅと一つため息をつく。
『よお』
風のシンゴが声をかけてくる。
「やぁ」
『ベアーグラス、戻ってきたんだな』
「うん、約束したからね」
『すごいな』
「わかんないけどね」
タムは微笑んだ。
そして、水を飲みに、ベッドサイドに座って、
歯車を回す。
ことことこと…と、水がコップに滴り落ちる。
コップをある程度満たすと、タムは歯車をロックし、水を飲んだ。
再びため息をつく。
水がおいしい。
『そういえばさぁ』
シンゴが話し出す。
『俺、タムが外行ってるとき、あっちこっちちょっと飛んできたんだ』
「うん」
『そしたら、俺に乗っかって、変なのがついてきた』
「ん?どれどれ?」
『何かのかけらというか、なんだろ…』
陽気なシンゴに似合わず、不安げだ。
シンゴが部屋の中をなでる。
からから…と、小さく小さく音がする。
タムはその音を探して、黒いかけらを見つけた。
それは、爪よりももっと小さい。
タムは思わずつぶやいた。
「たね?」
『たね?』
シンゴが聞き返した。
「表側の世界では、種って呼ばれてるものに近い…ような気がする」
『ふぅん…』
「裏側の世界では、これはなんだろう…」
『風だからよくわかんないけど』
と、シンゴは前置きして、
『花術を使えるやつらが、種というものを使えると聞いたことがある』
「かじゅつ?」
『本があったと思うんだ、調べてくれないか?』
「うん」
タムは種をベッドサイドのテーブルに置くと、大きな歯車を回した。
机と椅子が倒れてくる。
いつもの位置に机と椅子が落ち着くと、タムは歯車をロックして、椅子に腰掛け、
花術に関する本を探しはじめた。
『花術の歴史』というタイトルが目に入った。
「あった、…つくづく、アイビーさんは用意がいいや」
言いながら、タムは本をぺらぺらめくった。
「種…種…」
『あるか?』
「今探してる…これかな」
タムはシンゴに聞こえるように読み始めた。
「種とは、花術の基本にして奥義、命を残す予言である…とかあるね」
『予言?』
「んっと、あらかじめ言っとくこと。未来を言い当てておくことかな」
『それが、このかけら?』
「んー…」
タムは考える。
「酒精術が、命の水から使う術のように、この種には、命が詰まっているのかもしれない」
『それが、花術の基本にして奥義ってやつ』
「何で予言なのかはわかんないけどね。しらべなくちゃ」
『んー…』
シンゴがタムの調べている本を、ぱらぱらぱらとめくった。
「邪魔するなよ」
『いや、表側の世界の記憶、タムはある程度持ってるんだよな』
「うん、最初はそうでもなかったけど、最近は少し」
『表側の世界では、種ってどうしてるんだ?』
「適量の水に浸して、種に水を含ませる。それから、種は根を張り芽を出すよ」
『ふむふむ…』
「この種も水につけてみようって?」
『風に乗せても変わらなかったんだ。水を含ませれば何か変わるかもしれないなぁと』
「なるほどなぁ…」
タムはひょこっと椅子から降りた。
そして、コップの底のほうに残っている、数滴の水を、種と思われるかけらに、たらしてみた。
黒いかけらは、ふわぁとふくれると、
煙のようにはじけた。
タムは思わず目を閉じた。
そして、目を閉じたタムに、しわがれた声が聞こえる。
『チャメドレアはエリクシルでつなげ。忘れるな、ポリシャス』
しわがれた声は、霧がはれるように消えた。
タムは恐る恐る目を開けた。
そこには、いつもと変わらぬ部屋があった。
「今の声…シンゴじゃないよね」
『ちがうちがう』
「じゃあ、今のが、予言?」
『表側の世界の種ってのも、こんなのなのか?』
「ちがうちがう」
種は、もうない。
予言の意味もよくわからない。
『なんか変なの拾ってきて、ごめんな』
「んーん、いいんだよ」
シンゴはタムの髪をなでた。
タムは目を閉じた。
こんな日もあるさ。
そう思った。