ぱちり、と、アイビーが最後にギミックをいじり終えた。
グラスルーツ管理室は、いつものように静かになった。
「お帰りなさい。ベアーグラス」
「ただいま、アイビーさん」
ベアーグラスはしっかりと答えた。
「それで、どうするのかしら」
アイビーはベアーグラスに問いかける。
「エリクシルは、危険なこともするわ。みすみす戻ってくるの?」
ベアーグラスは微笑んだ。
「みすみす戻ってくるんです」
アイビーは微笑みながら、ため息をついた。
「それがあなたの選ぶ道なら」
「約束したんです」
「誰と?」
「アイビーさんも知っているくせに」
「ええ、知ってるわ」
「じゃ、再登録してきますね」
「泉の位置は変わってないわ。相変わらずクロが管理してる」
「部屋は?」
「いじってはいないわ。表札だけプミラにいいのをつけてもらうわ」
「じゃ、連絡お願いします」
「ええ」
アイビーはギミックに向き直った。
タムは呆然と、女同士の会話を聞いていたが、
ベアーグラスがタムのほうをむいた。
「ほら、再登録に行くんだから」
「あ、はい」
タムが退こうとすると、ベアーグラスはタムの手を握った。
「一緒に行こう」
ベアーグラスは微笑んだ。
「それじゃ、再登録したら、部屋に戻ってます」
「仕事があったらグラスルーツで連絡を入れます」
「了解しました。さ、タム、行こう」
タムは引っ張られるようにして、クロのいる登録の泉へ向かった。
二人の歩幅はあまり変わらない。
ベアーグラスはしっかりと歩いている。
影法師だったのが、うそみたいだとすら思えた。
それでも、タムはどこかベアーグラスを儚く思った。
感情の名前はよくわからないが、まずは守りたいと思った。
「っと、ここね」
タムとベアーグラスは、クロのいる泉の扉の前にやってきた。
ベアーグラスがノックする。
「はいはい」
扉が開き、緑のバンダナをしたクロが現れる。
「あ、ベアーグラスじゃんか」
「再登録しにきたの」
「へいへい、じゃ、ベアーグラス壊れた時計を準備してな」
「わかった、じゃ、タム、ちょっと行ってくるわ」
「うん」
タムは答え、扉の前で待った。
扉はベアーグラスを受け入れると、閉まった。
登録はそんなに時間がかかるものではない。
タムはぼんやりと待った。
どうして、ベアーグラスは約束して戻ってきたんだろう。
約束が裏側の世界の祈りだから?
祈りや約束に束縛されて、わざわざ、なんでも屋に来ることもないだろうにと思った。
扉の開く音がした。
「それじゃ、確かに登録した」
「ありがとう」
短い会話をして、扉は閉まった。
「それじゃ、部屋に行こうか」
ベアーグラスは歩き出そうとする。
「あの」
タムが声をかける。
「なんで、戻ってきたんですか?」
「約束だけじゃ理由にならない?」
「えっと…」
「泣きそうな君の記憶だけじゃ、理由にならない?」
「あの…」
「私はもともとここにいて、銃弾砕いていろんなことしてた…」
「ベアーグラスさん…」
「危険なのは、取り戻した記憶からも承知。それでも戻ってきたのは…」
「戻ってきたのは?」
「君の笑顔に会いたかったから」
ベアーグラスは微笑んだ。
「守りたいものがあるっていいことよ」
「僕もあなたを守りたいです」
ベアーグラスは、少し驚いたらしい。
そのあと、柔らかく微笑み、
「ありがとう」
と、タムに告げた。
二人はおおよそ3階にある、部屋のたくさんあるところへ向かった。
上り坂、階段、いろんなことを話しながら。
ごとーんごとーんとギミックのなる音が聞こえる。
「ちょっと見ない間に、ギミック増えたような気がする」
「プミラさんががんばったんでしょう」
「いろいろ便利になってるのかしら」
「多分」
部屋のあるおおよそ3階に来ると、
扉が並んでいた。
タムは前に立って歩くと、
「ここが僕の部屋です。アジアンタム」
「私の部屋の隣じゃない」
ベアーグラスは、隣の部屋の前に来た。
タムの部屋の左隣。
確かに、真新しく、ベアーグラスと書いてある。
「それじゃあ、これからもよろしく」
「こちらこそ」
お互い挨拶をし、部屋に戻っていった。