タムは、影法師の少女の手を引きながら、
清流通り一番街の薬屋を目指した。
あちこち住人が行きかいしている。
「メイちゃん、はぐれないでね」
タムはメイに、何度目かわからず言葉をかけた。
「だいじょうぶなのにー」
メイはぷぅと頬を膨らませた。
3人は薬屋にやってきた。
表から見えるウインドウは、たくさんの袋とサンプルが並んでいる。
錠剤、液剤、様々のものと、袋。
「行きますか」
タムはしっかりと影法師の手をひいて、メイとともに薬屋に入った。
しゃんしゃんしゃん…
小さな音が鳴る。
タムは扉の上を見る。小さな鈴がついている。
「はいはい、何か薬が御入用かな」
店の奥から、はげ頭の主人が出てくる。
「あのね、えりくしるのひとなんだよ」
メイが勝手にタムのことを、そう紹介した。
「こら」
「だってほんとうでしょー」
メイはまた、ぷぅと頬を膨らませた。
はげ頭の主人は、エリクシルの人と紹介された、タムのほうをまじまじと見た。
「ああ、影法師か」
「え、あ、はい」
「壊れた時計探しかい?」
「はい、この影法師さんに」
タムは手をつないだままの影法師の少女を示す。
「彼女にあう、壊れた時計を探しに来たんですが…」
はげ頭の主人は、それを聞くと、店の中にある歯車を回しだした。
取っ手をまわして、きりきりきり…
「うんしょ、在庫は一つあるんだよ」
「ひとつ」
「赤い袋に入って、薬と一緒にやってきたんだ…どれ、あとは下りてくるよ」
はげ頭の主人は、歯車を回す手を止めた。
勝手に店内の袋がくるくる位置を変え、
やがて、タムの目の前に赤い袋が一つ、下りてきた。
どこかで見覚えがある気がした。
タムは、影法師の少女に視線をよこした。
「この中にあるかもしれないよ。君の壊れた時計が」
影法師の少女は導かれるまま、赤い袋に手をのばした。
大切なもののように赤い袋を開き…
小さな蓋つきの時計を取り出す。
首にかけるのにちょうどいい鎖がついている。
蓋を、開く。
タムから手を離す。
時計が分かれる。
少女に時が宿りだす。
「カレックス・ベアーグラス」
時計は瞬間、彼女を風のように、光のように、包んだ。
風や光があったわけではない。
それでも、壊れた時計は彼女を包み、
壊れた時を彼女に宿し、
彼女とタムの時計の連動は終わり、
彼女は、裏側の世界の住人、カレックス・ベアーグラスとなった。
白い髪がさらりと揺れた。
白いワンピースには、緑のラインが入っている。
ベアーグラスが振り向いた。
黒い瞳は、意思を宿している。
「私は、カレックス・ベアーグラス」
ベアーグラスははっきりと、自己紹介した。
「あたしは、プテリス・メイ。メイでいいよー」
「僕はアジアンタム。タムでいいですよ」
タムは一呼吸置くと、
「お帰りなさい、ベアーグラスさん」
「ただいま、そして、はじめまして、タム」
ベアーグラスは微笑んだ。
まだ何も知らない。タムにはそう見えた。
そして、ベアーグラスは薬屋の主人のほうを向く。
「この赤い袋、もらえる?」
「どうせめぐりめぐったものだし、あんたがほしいならいいだろう」
「ありがとう」
ベアーグラスは、つるされたそこから、赤い袋を取った。
「これが大事なものだということを覚えてる」
「大事、ですか」
「いまひとつ、記憶が安定しない気がするの」
「んー…」
タムが考え込む。
「ベアーグラスさんは、グラスルーツに記憶を残しておくといってました」
「一仕事終えたら、グラスルーツに接続するわ」
「そう、メイはひとしごとだよー」
タムとベアーグラスの下で、メイが笑った。
「かげぼうしさんはベアーグラスさん。メイとおともだちになってくれる?」
「よろこんで。見つけてくれてありがとう、メイちゃん」
ベアーグラスはかがみこんで、メイと握手した。
メイはにっこり笑った。
「それじゃ、清流通り五番街ですね」
「おうちしょうかいしとくよ。はぐれないでねー」
「薬屋さん、薬と時計をありがとう」
3人は薬屋に礼を言うと、扉を開けて、清流通りに出て行った。