タムとメイは、清流通り一番街の端っこ。
境界のドアの群れにやってきた。
無造作に扉が並んでいるというか、立てかけてあるというか。
人影はこのあたりまで来ると少ない。
用事がないのかもしれない。
雨恵の町から外に行く用事も、ないのかもしれない。
「メイちゃん、影法師さんはどのあたりにいた?」
「こっちのほうだったかなー」
メイはタムと手をつないだまま、案内するように歩く。
「かげぼうしさん、えりくしるのひとつれてきたよー」
メイが境界のドアの群れの中、声を張り上げる。
ドアに、びぃんと響いて、奇妙な余韻を残した。
「かげぼうしさん、いなくなっちゃったのかなぁ…」
メイが、しゅーんと落ち込む。
タムはメイの頭をなでると、あたりを見回した。
影法師。
タムがタムになる前に見た感じ。
それはとても儚く見えた。
言葉もなかなかわからなかった。
そんな状態では、きっと不安だ。
「エリクシルのアジアンタムです。影法師さん、いれば返事をお願いします」
通じるかどうかはともかく、タムは影法師に呼びかけた。
ぼんやりした太陽のもたらす、扉の影。
それとは違う影が動いた。
メイがそれに気がついた。
「あ、かげぼうしさんだよ!」
「よかった、まだいたんですね」
影法師はあまり大きくない人影を作っている。
タムより小さいかもしれない。
それでもメイよりは背が高いか。
タムは思い出す。
ネフロスが壊れた時計を連動させて、裏側の世界にいたこと。
「メイちゃん、僕は影法師さんと手をつなぐ。壊れた時計を連動させるんだ」
「うん、わかった」
「はぐれないようについてきてね」
「めいはしっかりものだって、おとうさまにいわれてるもん」
タムは壊れた時計の連動なんて初めてだ。
とにかく、自分の壊れた時計の壊れた時間を意識した。
いつもの勝手な針、生真面目なギミック。
意識しながら、影法師に手を伸ばす。
影法師は戸惑ったらしいが、ゆっくり、タムの伸ばした手に、手を重ねた。
かち、かち、かち…
タムの壊れた時計の、生真面目なギミックの音が、タムのポケットの他から聞こえる気がした。
タムはしっかり影法師のことを見る。
影法師はぼんやりと姿を持っていた。
少女だ。
白い髪、黒い瞳。細身の少女が灰色のワンピースを着ている。
モノクロなのは、まだ、壊れた時間を持っていないのからかもしれない。
「影法師さん、僕の声が聞こえますか?」
影法師はうなずいた。
「僕はアジアンタム、タムと呼ばれています」
「わ、たしは…」
影法師は名乗ろうとして戸惑ったらしい。
「あなたの名前と、あなたの壊れた時計を探しに行きます」
「壊れた時計、なくしたの…それだけは覚えているの…」
「行きましょう」
タムはメイに目配せした。
メイは大きくうなずいた。
3人は歩き出した。
清流通り一番街へと。
タムが手をつないだ影法師に呼びかける。
「影法師さん、心が示すほうへ。どのお店が気になりますか?」
「ど、れも、これ、も、すてき」
途切れて聞こえるのは、連動がうまくいっていないのかもしれない。
タムはぎゅっと影法師の手をつかみなおした。
感覚は薄い。
それでも、影法師の少女を迷子にさせないように。
「覚えている、のは、赤い袋、大事な袋」
「赤い袋かぁ」
「タム!」
メイが下から呼びかける。
「タムだよね。なまえ」
「はい、エリクシルの、タムです」
「うん、あかいふくろって、かげぼうしさんいってるの?」
「はい、僕も赤い袋は覚えてるけど…どうかなぁ…」
「それかもしれないよ」
不意に、影法師が歩き出した。
タムは手をつないだまま、影法師の歩こうとしている先を見た。
看板に、薬と書いてある。
「あ、そこ」
「薬屋さんですね」
影法師の少女はうなずいた。
「メイちゃん、はぐれないように。薬屋さんに行くよ」
そうして3人は、一番街の薬屋へと向かった。