タムはアジトの扉を開け、外に出た。
扉を閉めると、きちきち、チーン、ガチャリ、と、音がした。
いつものようにロックされたのかもしれない。
タムは歩き出した。
たった一人で。
不安でもあったが、楽しくもあった。
タムは大きく深呼吸した。
気のせいか、空気が違う気がする。
気分の問題かもしれない。
池のふち二巻を、ゆっくり清流通り三番街に向かって歩く。
三番街に出ると。
見知らぬ住人たちの森。
ゆっくり、あるいは早く、
あちこちに行きかっている。
タムはとりあえず噴水を目指した。
今まであまり案内看板を見なかったが、
視線をちょっと上にすると、様々の看板が、古びた雨恵の町に出ている。
ただ、言葉はよくわからない。
タムは小走りになりながら、噴水までやってきた。
噴水を中心に、通りが5本伸びている。
タムは標識を探す。
「一番街。あっちだ」
タムは標識どおりに清流通り一番街に向かった。
噴水はさらさらと水を噴き上げていた。
タムに少し、水がかかったが、タムは気にせず走って行った。
清流通り一番街。
タムがはじめて雨恵の町にやってきたときに来た通りだ。
四番街が住宅街、五番街が高級住宅街。
ならば、一番街は商店街かなとタムは思った。
様々の店が軒を連ねている。
「さて、メイちゃんはどこかな」
タムは、一番街を歩いた。
小さな女の子が好きそうな店を探せばいいだろうか。
いや、変わったものが好きかも知れない。
頭の中でいろいろ考えながら、
メイの左右でしばった特徴ある髪型を探した。
一番街の人々の中。
一番街の店の並び。
ぼやけた太陽。
歩くと聞こえてくる声。音。風。
迷子探しでなければ、あちこちの店を覗くところだ。
タムはふいと一番街を見渡した。
視界の端っこに、それらしき髪型。
タムは走り出した。
その髪形の見えたほうに向かって。
やがて、視界の端っこだった場所にタムはたどり着いた。
「歯車細工屋」
タムは看板を読む。
そして、周りをもう一度見渡した。
見間違いだったのだろうか。
そう思ったとき、タムの右下から、ジャケットを引っ張るような感覚。
タムはそちらに視線を落とす。
そこには、探していたメイがいた。
「あ」
タムはそれだけ声を上げた。
「なに?」
メイの声は幼く高い。
それでも、しっかりしていた。
「あの、メイ…ちゃん。探してましたよ」
「えりくしるのひと?」
「あ、はい」
「おとうさまがいってた。なんでもやさんが、えりくしるだって」
「はい、なんでも屋です。ええと…」
「あのね、メイね、かげぼうしさんをみつけたから、とけいをさがしてるの」
「影法師さん?」
「うん、いちばんがいの、はじっこの、とびらのいっぱいのところにいたよ」
タムは、メイを見下ろす姿勢から、かがんで、視線を同じくらいに合わせる。
「裏側の世界に来て、壊れた時計がないと、影法師。メイちゃんは知っているんだね」
「うん」
メイは誇らしげに言った。
「影法師さんも困ってるかな」
「メイは、かげぼうしさんにさわれなかった」
「それで、時計だけでも?」
「うん、もっていけばいいかなって」
「メイちゃんは優しいんだね」
「えへへ」
メイは素直に笑った。
「それじゃ、メイちゃんと一緒に、影法師さんをどうにかしましょうか」
「えりくしるのひとだからできるよね」
「…新米ですけどね」
「がんばれしんまい」
メイはきゃっきゃとはしゃいだ。
タムは微笑むと、
「とりあえず手をつなごうか。迷子にならないように」
「うん」
「まだ影法師さんはいるかなぁ」
「さっきいったときはいたよ」
「メイちゃんは何で歯車細工屋に?」
「メイははぐるまざいく、すきなの。かげぼうしさんのとけいがあるかなって」
タムはメイの手を取り、一番街の端っこに向かって歩き出した。
メイの手を取ると、なんとなくではあるが、違う時間を感じている気分になった。