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第二百十七話

アルージェは顔を上げた辺境伯の目をジッと見る。

「もう一度だけライナとしっかりと向き合ってもらえないでしょうか?」


アルージェから出てきたお願いは辺境伯が想定していたものとは全く異なっていた。

「ふむ?ライナと?」


アルージェは頷く。

「はい、そうです」


「アルージェ君。良くないとは思っていたが、アルージェ君とライナが初めて会った時の様子を私は物影から様子を伺っていたんだ。年の近いアルージェ君ならライナと仲良くなれるんじゃ無いかと期待してね。まぁ、結果はライナが一方的にアルージェ君を拒んでいたがね。そんなことがあったのに今アルージェ君がライナに肩入れする理由はなんだい?」

あの時辺境伯は少しでもライナとアルージェが仲良くしてくれることを期待していた。


「確かに初めて会った時、ライナは本当に嫌な奴でした。なんで、僕に強く当たってきたのかは分からないです。けど、鎧騎士と僕が戦っている時、ライナは本気で辺境伯様を呼びに行ってくれた。人の為に本気になれる人に悪い人は居ないって僕は信じてます」

命の危険を何度か感じたアルージェでも鎧騎士と戦って生きているのが奇跡だと思う。

そんな相手ライナだって怖かっただろう。

僕のことなんて置いといて、ただ逃げるだけだと思ってた。

けどあの時のライナの目は何があっても、絶対に辺境伯を連れてくるという意思を感じた。

あの時のライナの目をアルージェは忘れることが出来なかった。

ライナのあの目を思い出しながらアルージェは話を続ける。

「だからきっとライナは根はいい奴なんだって、僕は思います」


辺境伯はアルージェの言葉を聞き、二日前のことを思い出す。


私が屋敷の前で私兵団達に街の防衛を指示していた時、アインがカレンをおぶって屋敷に戻ってきた。



辺境伯は戻ってきたアインの格好を見て驚いた。

いつも身につけているアインの煌びやかな鎧はボロボロになっていたからだ。

ギルドのゴールド帯に属するアイン達が何かと接敵し敗走してきたのだと一目で分かった。


「辺境伯様。有事の為、挨拶などは省かせていただきます」

アインは辺境伯の前に駆け寄り調査報告を始める。


アインから聞いたのは禍々しい闇の魔力を垂れ流す鎧騎士の話。


「アルージェ一人では荷が重すぎる。私兵団達とも連携して鎧騎士を一緒に叩いて欲しい」

アインの言葉に辺境伯はアインが連れて帰ってきたカレンの方へも視線を移す。


カレンは立てなくなるほど憔悴していた。

魔力が尽きるまで魔法を使ったのだとすぐにわかった。


アインからの提言を聞き入れたいが、外部からの攻撃なのかクーデターなのか定かではない状態では、私兵団を出す訳にはいかなかった。

一番困るのが兵を出し切ってから聖国が攻めてくると言うことは絶対に避けたい


街にどの程度私兵団を残すのか、辺境伯は考える。

その間に辺境伯邸に走ってくる者がもう一人いた。


辺りが暗いのですぐには正体は分からなかった。

私兵団員達は警戒し、武器を構える。


「ぜぇぜぇ、はぁはぁ」

息切れをしながら、駆けてくる者。

近づくにつれて姿がはっきりとしてくる。


辺境伯は呟く。

「ライナか」


訓練もまともにしないので肩で息をしながら教会からここまで走ってきたのだろう。

教会から恐怖でここまで走ってきたのだろう、辺境伯はライナの姿を見て情けなく思った。


ライナの姿を見て、私兵団達はサッと武器を下ろす。


ライナは体力の限界を迎えて辺境伯の前に倒れ込む。

「邪魔だ、ライナ。今がどういう状況なのか、お前もわかっているだろう?」


「・・れ・・だ」

ライナは何かを辺境伯に伝えようとするが、息切れのせいでまともに話すことも出来ない。


辺境伯はライナの姿を見て呆れた。

アインの報告ではアルージェはこうしている間にも鎧騎士とやらと戦って命を燃やしているのに、自分の息子はなんと不甲斐ないのかと怒りが湧いてきた。

「今はそれどころでは無いと」

辺境伯は声を荒げたが、ライナが辺境伯の言葉を遮る。

「俺のせいなんだ!」

ライナがポツポツと言葉を続ける。


「俺のせいなんだよ!いつも行っている教会で俺が地下に繋がるはしごを見つけて中に入った。そこで鎧を見つけたんだ。あいつがチヤホヤされてるの見て、悔しくて、見つけた鎧を俺が作ったってことにしようとした。俺が鎧を持って帰ろうと鎧に触ったら、俺の魔力に反応したのか鎧が動き始めた。俺のせいであいつは命賭けて戦ってるんだ。父さん、俺はもうどうなってもいい。だからあいつを、アルージェを助けてやってくれよ」

ライナの悲痛な叫びが辺りに響く。


初めて友達になってくれると言ってくれたアルージェ。

馬鹿にしてたが、アルージェが戦っているところに心を動かされた。

あいつと対等な立場の友達になりたい。


けど今の自分には何も出来ない。

だから今の自分が出来る最大限のこと。


父である辺境伯に頼みこむことだけだった。


ライナは地面に膝を付けて、頭を地面に擦り付ける。

「父さん、俺は今まで何もしてこなかった。こんな時だけ都合が良いと思う。けどお願いだ。アルージェを助けてください。お願いします」


ライナがここまで真剣に辺境伯になにかを頼んできたのは初めてだった。


「そうか」

辺境伯はただそれだけ呟き、ライナから視線を逸らす。

そして、ライナを避けるように歩を進める。


「父さん!」

ライナは横を通り過ぎようとしていた辺境伯の方へ体を向けて、必死に土下座する。


「ジェス。お前は一分隊だけ率いて街の防衛をしろ。聖国が関わっていないのであれば防衛は最低限で構わない。他はアルージェの救出に向かう。すぐに出るぞ!」


ライナの言葉を信じるなら今回の件聖国は絡んでいないだろうと辺境伯は判断した。


ライナの言葉を信用した訳ではない。

だが、あのプライドの高いライナが地面に頭をつけているのだ。

この行動は信用に値すると思った。


聖国が関わっていないと断言出来なかったので、人員を割くのは厳しいと考えていたが、ライナの言葉で敵が聖国では無いと分かった。

街の防衛を最低限にし、軍を駆り出すことができる。


「行くぞ!」

辺境伯の号令で廃教会まで軍を進めた。



辺境伯はアルージェから目を離し、少し遠くを見ていたがアルージェの方へ視線を移す。

「そうだな。確かに本気で向き合っていなかったかもしれない」

ライナはミスティが悪魔憑きだと分かった際に今は亡き辺境伯夫人が錯乱し、何処からか連れてきた子だった。


妻が死んでからは衣食住の最低限の面倒は見ていたが、妻を思い出すので避けていた節もある。


「アルージェ君の言うとおり少しだけライナに寄り添ってみようと思う」


「はい!ちょっとずつでいいと思います!」


「ふむ。それにしてもこれがアルージェ君が命を掛けて戦った報酬というのはおかしな話だ。私達家族間の話なのだから。他に何かないかね?」


「他ですか?うーん・・・」

アルージェはウンウンと首を捻り考えるが、思いつかない。

何かを思い出したようにポンとアルージェは手を叩く。

アルージェはニコニコの笑顔で辺境伯を見る。


「今は思いつかないので保留でお願いします!」





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