開いた扉の先には豪華な装飾の付いた大きな椅子が見える。
そこに仕立ての良い服を着た老人が腰掛けていた。
「前へ」
兵の指示に従い、奴隷商が大きな椅子の方へ移動するので、奴隷商に追従する。
豪華な椅子の手前の段差近くまで移動し、奴隷商が老人に跪く。
青年もどうしたら良いのかわからないので、真似して跪く。
「よく来たな、ケドゥ。それが言っていた物か?」
老人は威厳ある声で奴隷商に話しかける。
「はい、こちらが例の物です」
奴隷商は跪いたまま、顔を上げずに話す。
「なるほど。そこのお前」
老人が近くに居た兵士に声をかける。
「はっ!」
声をかけられた兵士は老人の方へ向き直し、足を揃えて敬礼のような動きをする。
「それに槍を突き立てろ」
老人は青年を指差し兵士に指示をする。
「はっ!」
兵士は青年の元まで近付く。
「は?」
青年は立ち上がり、向かってくる兵士の方を見る。
「お前に恨みは無いが悪く思うなよ」
兵士が槍を構えて、青年に向かって突き刺そうとする。
「おい!辞めろって!」
青年は槍を咄嗟に避ける。
初撃はたまたま避けることが出来たが、兵士の槍での攻撃を素人が何度も躱すことなど出来るわけが無い。
「落ち着けよ!」
青年は兵士に話し掛ける。
だが兵士は聞く耳を持たず、槍をしっかりと握り青年を見据える。
「あぁ、そうかよ。畜生!」
青年は深呼吸してグルリと周りを見渡す。
そして、兵士の中で気を抜いていそうなやつの方へ手を翳す。
「おわっ!?」
気を抜いていた兵士が声をあげる。
兵士が持っていた槍は青年が翳した掌へ吸い込まれるように移動する。
青年が飛んできた槍を手に取り、兵士の鋭い突きを弾く。
兵士は一瞬驚き目を見開いたが、すぐに切り替えて鋭い攻撃を青年に向ける。
青年も兵士に負けじと巧みに槍を扱い攻撃を弾く。
「ふん、少しは腕が立つようだが、防戦一方では私に勝つことは出来んぞ」
兵士は青年への攻撃を手を緩めることなく、何度も攻撃を繰り出す。
「勝つとか負けるとかどうでもいい。ただここで死ぬ気は無いただそれだけだ」
青年はこの後も攻めること無く防戦を続けていた。
「もう良い」
豪華な椅子に座っていた老人が一度も攻撃に転じない青年に嫌気が差し、声を荒げる。
「あれを殺した者に褒美を与える」
老人がそういうと兵士達が目を見合わせる。
「誰もいらんのか?あれを殺すだけで一生分の金を与えると言っているのだぞ?」
老人がそう言うと兵士達は腰に携えていた抜剣し青年の元に走り出す。
青年は自分の周りをぐるっと見渡す。
「ちっ、なんなんだよ一体!」
四方八方から兵士達が自分の元に走ってくる。
青年は槍を強く握り、一瞬目を瞑る。
そして、目をカッと開き見えていないはずの死角からの攻撃を槍で弾く。
青年は未来が見えているかの如く、一瞬の無駄も無く、四方八方からの攻撃を全て捌く。
数分経ったが誰一人として青年に攻撃を加えれた者はいない。
ここまで戦って青年は違和感を覚えていた。
そう、指名された初めの兵士と比べて全員あまりにも弱すぎるのだ。
また初めに戦っていた兵士もいつの間にか戦うことを辞めて、元の場所に戻っていた。
そして、ようやく違和感の正体に気付く。
武器の持ち方や振り方が素人に近いのだ。
何より皆顔が若い。
おそらく新兵だ。
だから、あの豪華な席に座っている老人を警護しているのに、気を抜いていたやつが居たのだろう。
自分が舐められているだけなのか、目的は分からなかった。
「はぁ」
老人はため息を吐く。
「まぁ、ケドゥが言っていた通りの力が有るのは把握出来た。これ以上は時間の無駄か」
老人が隣に居た魔法使い風の男に目配せすると魔法使い風の男が頷き、ぶつぶつと詠唱を始める。
「吹けや
魔法使いが詠唱を済ますと、青年と新兵達が戦っている場所を囲むように魔法陣が現れる。
「おい!やめろ!」
青年が声を荒げるが、放たれた弾丸が止まることは無い。
無慈悲にも魔法陣から見えない何かが放たれる。
青年の周りに居た新兵達は見えない何かに四肢が切り裂かれて、血を流し倒れていく。
突っ立ていた青年の頬を見えない何かがヒュンと掠り、血が垂れる。
青年は倒れてしまった新兵達が落とした槍に意識を集中すると、青年の近くまで槍が勝手に移動して青年を守るように囲み高速回転する。
魔法陣が消失したことを確認し、青年は周りで高速回転していた槍の回転を停止させる。
青年があたりを見渡すとさっきまで生きて自分の命を狙っていた新兵達は血を流し、皆息絶えていた。
中には四肢が欠損している死体も有った。
青年はしゃがみこみ思わず口を押さえるが我慢できず吐瀉物を吐き出す。
普通に生きていてここまで無残に四肢まで切り裂かれた死体は見たことがない。
魔法が飛び交う中生き残った青年を見て、老人はにたりと笑う。
「ケドゥ、良くやった。もう良いぞ。金は後で届けさせる」
「ありがとうございます。それでは私はこれで失礼致します」
奴隷商はその場から立ち去っていく。
青年も口元を抑えながらフラフラと立ち上がり奴隷商の後ろをついて行こうとすると老人の近くに居た兵士達に腕を掴まれる。
「お前はあっちだ。安心しろ。仕事さえこなせば身分と生活を保証してやろう」
先ほどまでとは全く違う視線を青年に向けて、老人は青年に話しかける。