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第二百十ニ話

あれから一年、あの小柄な男性は奴隷商だった。

言葉も理解できていないやつはこの世界では奴隷落ちするのが当然みたいだ。


だが、俺はあの兵達とのゴタゴタがあったおかげで、ただの奴隷待遇ではなかった。

まずあの奴隷商人に言葉を教えてもらった。

そして、この世界の教養を叩き込まれた。


高校生だった俺は言葉を覚えるのにそこまで苦労しなかった。

周りがその言葉しか話していない環境で、ただひたすら勉強すれば嫌でも話せるようになるってもんだ。


教養はただ授業を受けているような感じだった。

前の世界で俺は貴族だったので、そこまで苦労せずにテーブルマナーやら所作などを学べた。

見たことない食器の使い方やらは流石に苦戦したが。


ようやく奴隷商人が俺の買い手を見つけたらしい。

「お前の買い手が見つかったぞ!かなりの金額だ!」


「あぁ、そうかよ」

正直どうでも良かった。

奴隷であることに変わりは無いし、奴隷を買うなんてどうせ碌でもない買い手なんだろうとわかっていたからだ。


俺は目を瞑り奴隷商人から教わったことを思い出す。


この国は聖国というらしい。

聖なる国と書いて聖国。


だが実際はどうだ?

外に馬鹿でかい教会は見える。

教会の周りには金持ちが住んでいそうなでかい家が立ち並び、ゴミひとつも落ちていない。

あそこに住んでいる奴らは私腹を肥やし、好きなものを好きなだけ食べて丸々と太り、ガバガバと酒を飲む。


青年はこの世界に来る前、貴族だった。

名は地に落ちていたが、それでも貴族としての誇りは持っていた。

弱者を守る為、鍛錬を欠かさず。

いつでも外敵からの戦いに備えていた。

だからこそああいう輩には腹が立つ。


この世界の貴族ってのはああいう奴らしか居ないのか?

もしも戦いが起きたらあの丸々した体で何が出来るのだろう。

味方の足を引っ張らなければ上々だろうな。


綺麗に区画化された教会の周りから少し離れたらスラムが広がっている。


一度だけ知見を広げろと奴隷商に連れられて見に行ったことがあるが、あそこにはその日の飯もままならないような人達が住んでいる。

ただ歩いているだけで物乞い、スリは当たり前。


奴隷商曰く、死体が転がっていないだけマシだそうだ。


貧富の差が有るのは仕方ないが、あまりにも酷すぎる。

弱者を守る法は整備されていないのか?

スラム見学の時はずっと拳を強く握っていた。


「おい、いつまでそうしているつもりだ。買い手の元に行くぞ!支度しろ!」

奴隷商の言葉に青年は目を開ける。


「今からか?」


「そうだ!そう言っただろう!ん?言わなかったか?まぁいい。今言った。早く支度しろ!」


青年は腰を上げて、立ち上がる。

「分かった。こんなところサッサと出て行きたいしな」


「ふん。こっちも早く出ていって欲しいもんだね。お前達奴隷は買い手がいなければただの金食い虫なんだからな」


青年は奴隷商の後ろを付いていき奴隷商が用意した馬車に乗り、買い手の元に向かう。


馬車は貴族区画へ向かう。


「ふっ、当たり前か。金持ちしか奴隷なんて買わないに決まってる」

青年はボソッと呟く。


だが一向に止まらない馬車を青年は不審に思い始める。

貴族区画が広いとはいえ、どこまで連れて行かれるのか。


「おい、貴族区画もうすぐ終わるんじゃないのか?」

青年が奴隷商に声をかける。


「そうだな。貴族区画はもうすぐ抜けるな。無駄にだだっ広い区画だよ。通り抜けるだけでここまで時間が掛かるなんて無駄もいいところだ」

奴隷商はベロを出し、嫌な顔をする。


「通り抜けるだけ・・・?」

青年が呟くとようやく馬車が停まる。


「さぁ、着いたぞ。買い手に粗相の無いようにな」

奴隷商は馬車を降りる、続いて青年も馬車を降りる。


建物から反射した日の眩しさで、青年は軽く目が眩む。


「ここは・・・」


「なんだ、驚いたのか?お前を買ったのはただの貴族では無いぞ。この国の最大権力者である教皇様だ」

奴隷商は大きく手を広げ、高笑いをする。

どうやら教皇から相当な額を貰い笑いが止まらないらしい。


奴隷部屋からでも見えていた教会。

聖国というだけあって本当に大きな教会だ。


「とっとと中に入るぞ!」

奴隷商は上機嫌に青年に声をかける。


「あ、あぁ」

青年は教会のあまりの大きさに動揺を隠せていない。


それからは見るもの全てに驚いた。

大広間はロビーのようになっていて、どれだけでも人が入りそうだ。


奴隷商人が歩いていたシスターに声をかけると、シスターは受付に案内してくれた。


受付には電源コンセントが挿さっていないのに、動く機械があった。

どういう原理で動いているのかがわからない。


ジロジロと機械を見ている間に、奴隷商に呼ばれて大きな扉を進んでいく。

扉を潜り続いている廊下もただただ広かった。


案内してくれていたシスターが一段と大きな扉の前で立ち止まる。


「こちらで教皇様がお待ちです」

シスターはお辞儀をして、来た道を戻っていく。


「ようやく着いたか。何回来ても広くて嫌になるな」

奴隷商が大きな扉に付いているノッカーを使いノックする。


「何度も言うがくれぐれも粗相をするなよ」


「あ、あぁ」

青年は全てにおいて規格外の教会に言葉を失っていた。


大きな扉が音を立てて開く。


「入れ」

扉の前に立っていた兵が合図を出す。


奴隷商は兵からの合図に従い部屋に入る。

青年も黙って奴隷商の後ろを付いていく。

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