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第百九十八話

ラーニャの動きが明らかに良くなっていた。

アルージェは検証が上手くいったので、上機嫌で近くにいたエマに抱きしめる。


「エマ!やったよ!やったぁ!」

エマの両手を取りクルクルとエマを回したり、よく分からない踊りを踊ったりして年相応のはしゃぎ方をしている。


アルージェにここまでスキンシップをされたことが無かったエマ。

いきなり来られたというのも有るが、初めてのスキンシップがみんながいるような公共の場所。

心の準備など全く出来ていなかった。

エマの顔は瞬く間に赤くなり、操り人形のように体をアルージェにされるがままに動かされる。


「アルージェ君!?エマが!エマが、大変なことになってます!」

アルージェはラーニャに言われて、エマの顔を見るとグルグルと目を回していた。


「あぁ、そんな、エマ!ごめんよぉ!」

どうしたらいいか分からず、とりあえずラーニャの言う通りに木陰までおんぶして連れて行き、ゆっくりと休ませる。


私兵団員達は訓練中なのにも関わらずアルージェを揶揄う。

「なんだか急に暑くなってきたな」


「独身の俺に見せつけてくれるぜ」


「お前はまだいいじゃねぇか!俺なんて彼女すらいねぇんだからな!」


ピュウと口笛を吹く者も現れる始末。


そんな私兵団員達の前にスベンが現れる。

「お前ら恋人も良いが、筋肉は裏切らねぇぞ。しっかり筋肉つけるように」

アルージェを揶揄っていた団員達の肩にポンと順番に手を置いて横を通り過ぎる。

「トレーニング追加で」という死刑宣告と共に。



同刻。

町外れの廃教会にて。


いつも通り街で悪さをする奴らや溢れ者達が集まっている。

その中にライナの姿が有った。


この日のライナはより一層荒れていた。

全ては最近姉が屋敷に連れてきた婚約者アルージェのせいだ。


あいつの存在全てに腹が立つ。


胸ぐらを掴まれた時、何度も手を払おうとしたのに全く歯が立たなかったことも、

俺の事を知ろうともしない父親が俺のことは全然見てくれないのに、あいつには笑顔を見せている。

何が「ブレイブライン家は安泰」だ。

どうせ貴族の地位が欲しいだけで悪魔憑きのことなんて気持ち悪いと思ってるに違いない。


屋敷にいるメイド達にも腹が立つ。

自分が何を言っても相手にしないか最低限の対応しかしない癖に、アルージェには必要以上の対応をして優しくしている。

自分では無くアルージェにだ。

誰の金であの屋敷での給金が出してもらっているのか自覚は無いのだろうか。


あそこに居る女は無能すぎて、まともに考えることも出来ないんだろう。


私兵団にも腹が立つ。

俺がたまに訓練に出て、指示を飛ばしても無視する。

だがあいつにはどうだ?


訓練の合間の休憩時間我先にとあいつと話したがる。

頭の中も筋肉で出来ているような奴らだ。

俺の指示を理解出来るほどの頭を持ち合わせていないのだろう。


あいつの頭のてっぺんから足の爪先まで全てが妬ましい。


怒りの矛先を何処に向けて良いのか分からず。

廃教会に置いてある説教壇を何度も何度も蹴りをいれた。


この世界では、ワルと言われている者達でも神に対して信仰心があるものが多い。

それは聖国の神子が実際に神から神託を受ける事があるということを一般人も知っているからだ。


神は実在している。


この世界ではそれが当たり前で、疑う余地すらない。


故に例え廃教会であっても中で無茶苦茶をしたり、暴れる者はほぼいない。

神に見られている可能性はゼロではないので、目を付けられたくないからだ。


ライナが教会内の物に対して怒りをぶつける行為に対して、集まっていたはぐれもの達も流石に止めに入った。


「おい、ライナ。お前が神にどうこうされようがどうでもいいが、俺たちにまでとばっちりが来るだろ。辞めろ」


それでもライナは蹴るのを辞めない。

ワル達が力づくでライナを止めて落ち着かせる。


周りになだめられて少し落ち着きを取り戻したライナは説教壇を蹴るのを辞めて、イライラしながら地面に座り込む。


「あいつさえいなければ、あいつさえいなければ俺はもっと」

ライナはアルージェに対する妬みを何度も呟き、説教壇に拳を叩きつける


「ライナの奴。今日は一段と荒れてるな」

はぐれもの達がライナに聞こえないように話す。


「あぁ、なんでもあいつの姉が屋敷に戻ってきたみたいだぜ。それで婚約者を連れて帰ってきたらしい。そいつに自分の居場所を奪われたって、話してたぜ」


「姉ってあの悪魔憑きの美人な姉にか!?おいおい、俺影ながらあいつの姉狙ってたんだぜ?」


「バカかお前は。貴族が相手。俺たちみたいな平民とどうこう出来るわけないだろ。まぁ美人なのはわかるぜ。キリッとした目がたまらん」


「だよなー。あんな姉ちゃんがいたら俺我慢できてなかったぜ。ライナとは血も繋がってないんだろ?最高じゃねぇか」


「嫌な顔されながら体見せてほしいぜ」


「いや、流石にそれは俺には分からんわ」

「俺にも分からん」


「あぁ?なんでだよ!そこは分かるって言っとけよ!」

はぐれ物達はミスティの話題で盛り上がっている。


説教壇をなぐっていたライナは拳が痛くなってきたので、殴るのを辞めて説教壇にもたれかかる。


ライナがもたれかかると説教壇がバンッと横に倒れる。

もともと劣化していたのに加え、ライナが蹴ったり殴ったりした衝撃で地面に取り付けられていた部分が割れたようだ。


だが今はそんなことはどうでもいい。

倒れた説教壇の下に梯子が掛かっており、何やら下に繋がっているようだ。


はぐれもの達も説教壇の下に有った梯子の掛かった竪穴に興味津々で、誰かが「降りてみようぜ」と言い出すまで時間は掛からなかった。



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