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第六十二話

「私の負けだ」


辺境伯が両手を挙げ、降伏を表明する。


その言葉を聞き、ギルドマスターは「勝負有り!勝者アルージェ!!」と高らかに宣言する。


「いやはや爵位を承ってから前線に出ることは少なくなったとはいえ、まさか負けるとは思ってなかった」

辺境伯は笑顔で近づいてきて、握手を求めてくる。


「いえ、辺境伯様が本気で僕を殺そうとしていたら、きっと手も足も出なかったと思いますよ」

そう言ってアルージェは握手に応じる。


「ははは、冗談を、君だって私を殺す気はなかったのだから関係ないだろう」

辺境伯は離れた場所で心配そうな表情でアルージェを見つめているミスティに気づく。


「あの子はあんな顔もするんだな」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

時は少し遡る。


「ん?ミスティのやつ今回は早いな、アルージェ君には悪いことをしたな、おそらくすれ違いになってしまっただろう、次回フォルスタに行くことがあれば謝罪金を払っておくか」


最近は周辺国も穏やかで書斎で仕事をしていた私はミスティの馬車が帰ってきてのを確認していた。


どこに行くか、いつ帰ってくるか等告げることなく、いつもメイドのマイアと一緒にフラッと何処かに行っては数日長い時は一月以上家を空ける時もあった。

だが帰ってきた時は決まって、すぐに別館に入っていく。

私はこれまで何度もその姿を見ていた、声を掛けようと思ったことも有ったが、今更何を話せば良いのかと結局話しかけることはなかった。


私たち家族はあの日バラバラになってしまったのだ。

妻は部屋に閉じこもるようになり、私は周辺国が慌ただしくなったので、家庭から逃げるように戦場へ出た。


帰ってきた時には、妻は病気になっており、歩くこともできなくなっていた。

それからすぐに妻は病気で死んでしまった。


メイド達の中には悪魔憑きの仕業だというものも居たが、言ったものは即刻辞めさせた。

それ以降は誰も私の前では悪魔憑きという言葉を言わなくなった。


妻の葬式をした後、時間はいくらでもあったはずなのに娘と心を通わす時間を取ろうとしてこなかったのは、今よりも関係を悪化させたくなかったからだ。


いつか時間が解決してくれると思って、娘から逃げてしまったのだ。


嫌なことを思い出してしまったので、忘れるように仕事に戻ろうとしたが扉が開く音が聞こえる。


辺境伯は外を見ると音がしたのに別館の扉は開いていないことに気づく。

おかしいと思い窓の外を見ようと立ち上がると、ノックの音がして数秒後に書斎の扉が開く。


「お父様、今少しお時間よろしいでしょうか」


あの日を境に本館に入ってくることがなかったミスティが本館に入ってきたのだ。


「・・・・・構わないがどうした珍しいな、こちらに来るなんて」

驚き言葉も出なかったが何とか言葉を紡ぎ出した。


ミスティは腰に着けていたアイテムボックスから羊皮紙を取り出し机の上に置く。


机に置かれた羊皮紙を辺境伯は確認する。

どうやら、依頼を頼んでいたアルージェ君と魔法契約を結んだようだ。


内容としてはミスティがアルージェの側仕えになるというもので、どちらかというとアルージェ君が有利になるような条件が多いようだ。


ミスティはアルージェ、ルーネの生活を保護し、文化的で最低限の生活を保障する必要がある。という項目に少し疑問を抱いたが別に養う人が一人増えたところでたかが知れてる。


これで帳消しになるとは思わないが少しでもミスティへの罪滅ぼしができるなら軽いものだろう。


「これは?」

辺境伯がミスティに確認する。


「お、怒らないのですか?」

ミスティの声が震えている。


「怒るもなにもどう見ても両者の合意で結ばれた魔法契約書だ、ミスティがアルージェ君の側に居たいから結んだのだと丸わかりの内容だがアルージェ君はここまでしてでも一緒に居たいと思える人だったのか?」


「彼にとっては普通のことだったのかもしれない、けどここまで優しくしてくれた人、私は彼が初めてなんです。彼の優しさに包みこまれて、こんな温かい気持ち知ってしまったらもうあの時には戻れない、ううん、戻りたくない」

俯くミスティに辺境伯は何も言えなかった。


ここまで自分の娘を追い詰めて、私はこの子の父と言えるだろうか。


「ミスティ、今まで本当にすまなかった」

辺境伯は床に手を付き頭を下げる。


「もちろんこんな言葉だけでどうにかなるとは思っていない、あの日、私は仕事に逃げた、そして妻を失った、ミスティをここまで苦しめてしまった。私は父親失格だ、怖かったんだ、今よりバラバラになってしまうのが」

今まで溜め込んでいた全て吐き出すように辺境伯は涙を流す。


「パパ」

ミスティはしゃがみ、床に頭をついている辺境伯を起こす。


「私はずっとパパが私を気にかけてくれてたこと知ってるよ、私が何も言わずにフラッと旅に出る時書斎から心配そうに私たちを見てくれてたことも、帰ってきた時書斎から安心した顔で私達の馬車を見てたのだって知ってる」

ミスティは辺境伯へ微笑む。


「私だってパパとママと昔みたいに仲良くしたいって思ってた、ママは死んじゃったからもうどうすることもできないけど、私また昔みたいにパパと仲良くしたいよ」

そこには大人びた物静かなミスティではなく少女のように純粋な気持ちをぶつける一人の少女に戻っていた。


「あぁ、あぁそうだな、一からでもいい、ここからやり直そう」

辺境伯はミスティの手を取り額に押し当てる。


それからぎこちないながらも家族として数日を過ごした時


辺境伯が突然朝食の席で

「ミスティ、父として初めての仕事をさせてほしい、アルージェ君がミスティに本当にふさわしい男か私直々に見せてもらおうと思う!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そして、現在に至る


「さて決闘は君の勝ちだ、ミスティをよろしく頼んだ」

辺境伯はアルージェに頭を下げる。


「ちょっと!辺境伯様やめてください!」

慌てて体勢を戻そうとするが、辺境伯はなかなか辞めずに数秒後に頭を上げる。


「それと、もしも仕事に困ったらいつでも我が家に顔を出してくれ、君程の実力者ならいつでも歓迎だ!戦いが起きないことが一番だが何があるかわからないご時世だからな、では私は屋敷に戻るとするかな」

そういうと辺境伯は訓練場の出入り口へ移動を始める。


「お父様」

ミスティが走り寄ってきて辺境伯へ声を掛けて、辺境伯が振り向く。


「あ、ありがとうございます」

ミスティが少し恥ずかしそうにお礼を言うと辺境伯はニコッと笑いそのまま訓練場から出ていく。

ギルドマスターもアルージェに声を掛けようとしたが、フィーネとルーネがアルージェの方へ向かって行ったので、辺境伯のお見送りの為に辺境伯の後を追う。


「アル君!」

フィーネがアルージェに声を掛ける。


「お姉さんを困らせるのが本当に得意何だから!それにアル君はテイマーなのにあんなに動けるなんてお姉さんびっくりよ!なんでもっと早く言ってくれなかったの!」

少し拗ねたようにフィーネは言う。


「初めてギルドにきた時にグレイタさんと手合わせしてたの見てたから何となく強さわかってると思ってました」


「グレイタさんのことだから子供相手に本気じゃないと思ってて」


「あぁ、それはそうかもしれないですねぇ」


「アルージェ、お主はギルドに実力を把握してもらえてないのか?」

先ほどの少女のような反応のミスティはもうおらず、いつものミスティがアルージェの耳元で囁く。


「ここにくるまでほとんど荷物運びばかりしかしてないので」

アルージェもミスティに耳打ちする。


「バウ!」

少し誇らしげにルーネが吠える。


「うんうん!ルーネのおかげだね!」

アルージェはルーネの頭を撫で回す。


ギルドマスターが辺境伯の見送りから戻ってくる。

「おい、お前らそろそろここ閉めるぞ、早く出て来い、フィーネもそろそろ受付に戻ってくれ、そろそろ冒険者達が戻ってくる時間だ」


「は、はい!承知しました!」

フィーネはそそくさと受付へ戻っていく。


「それにしてもアルージェ、お前なかなか戦えるんだな、初めて知ったぜ、もう少し早く分かってれば荷物運びなんてさせずに討伐依頼ばかり流すように指示してたんだが、まぁ王都から戻ることがあればたくさん受けてもらうからよ、その時は頼んだぜ!」

ギルドマスターはそう言い残し「ほら、早く出ていった」とアルージェ達を訓練場から追い出す。


皆が訓練場から出て行ったことをギルドマスターは確認すると、木剣を倉庫から取り出す。


「くそ、あんな試合見せられたらこっちだって血が騒ぐだろがよ」


頭を掻きながらそういうと先ほどのアルージェと辺境伯の戦いを思い出しながら素振りを始める。

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