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第三十九話

アルージェ達が鍛冶屋の中に入ると、武器が棚に綺麗に陳列されていた。

「おぉ、こんな感じなのかー!」

アルージェは始めて目の当たりにする鍛冶屋に興奮気味になる。


新品の商品があるのは受付側の方だけだったが、店の端っこには少し古くなった武器が樽に乱雑に放り込まれていた。

恐らく誰かが使っていたお古だったり、使用者がなんらか理由で使わなくなって武器などが入っているんだろう。


まずは樽の中に入っている武器を一通り確認する。

「やっぱり、誰かが使った後の武器みたいだね。使用者の癖に合わせて作られていたりして、ちょっと扱いづらいものも多いや」


次に棚に陳列されている物も物色し始める。

アルージェは一つ武器を手に取り、少し素振りをする。


そして棚に戻し、他の武器も同じように手に取り素振りをする。

「すごいな!どの武器も癖がない」


ルーネががアルージェの顔を覗き込む。

「おっ!ルーネも気になる?ほら、この剣が一番わかりやすいかな。長さ、重さ、重心、誰が使ってもある程度扱えるように作られてるよ」

アルージェは目を輝かせてルーネに熱く語る。


ルーネにはいまいちアルージェが何に興奮しているかわからなかった。

だが、アルージェが嬉しそうに話しているので、タイミングを伺って相槌を打ったり、頷いたりしていた。


「よく見たら使用者を選ぶような形の武器がもないよ!すごい!素晴らしいよ!ギルドがここを紹介してる理由がわかるね!」

アルージェが興奮気味にルーネに語っていると店の奥からガタイは良いが人相は優しそうなおじさんが出てきた。


「おう、坊主。奥の工房にも聴こえるくらいの声で話してたから聞こえたが、その年で武器に詳しいようだな」


「はい、この武器は使った人に変な癖をつけたりして成長を妨げないようにと工夫されていることがヒシヒシと伝わってきます!これはもはや愛ですね!!」

アルージェは視線を武器から外すことなく返事をする。


「そこまで語られると少し気味が悪いが、まぁ言ってることに間違いはないな。坊主は鍛冶屋見習いか??」

アルージェは武器から視線を外し、鍛冶屋の方へ視線を向ける。


「見習いではなく一応卒業と言われました!村から出てきたばかりなんですけど、師匠の元で鍛治を教えてもらいました!」


「へぇ、村にも鍛冶屋ってのはあるんだな。武器とか売れなさそうだからあんまり仕事はなさそうだが」


この世界における鍛冶屋は町に店を構えて、冒険者や国相手に商売をすることが主流だ。

逆に言うと冒険者がいない場所だと商売にすらならない。

グレンデがあの生活を出来ているのはもともとの稼ぎが別格だっただけで、本来はあのような生活は成り立たない。


「そこら辺はよくわからないですけど、師匠は農具の修理とかで生計立てましたよ!」

アルージェにこの世界の常識を知るはずもなく、ただ事実を述べているだけである。


「ふぅーん、村ってのはそれだけで生活くらい仕事があるのか。俺も都会に疲れたら町を出て、村で隠居するか」

本当に実行すればこの鍛冶師は泣きをみることになるだろう。


「それで、坊主はこの店になんか買いに来たってわけでもなさそうだな?」


「あっ、えっと、村には鍛冶屋は師匠がやってるとこしかなかったので、町ではどんなものが売っているのか知りたくて来ただけなんです。冷やかしになりますよね。すいません」


「だろうな、見ただけでそこまでわかる武器好きだ。しかも自分で作れるんだろ?自作するほうがよっぽど自分に合ったもん作れるだろうしな。なーに、気にしちゃいねぇよ。どうせこの時間は冒険者も少なくて暇な時間なんだ。話相手が欲しかったくらいだ。それに他の鍛冶師と話せる機会なんてないからよ」


「どうせなら一本作ってくか?」

鍛冶屋の店主は冗談のつもりでアルージェに提案する。


「えっ!本当に良いんですか!短剣とか作っちゃってもいいですか!」

アルージェは素晴らしい武器達目の当たりにして久しぶりに作りたくてうずうずしていた。


「えっ?本当に作るのか?いや、構わねぇけどよ」

鍛冶屋は歯切れが悪くなる。


「材料はどうする?こっちで用意してもいいが、少し金もらってもいいか?」


今日そこそこ稼いだとは言え今後のことも考えると、アルージェに今そこまでお金の余裕はない。


「あー・・・。今手持ちあんまりないんで、作ったものここに置いていくってのじゃ駄目ですか?」


「おいおい、本気かよ」

アルージェの言葉に店主は呆れる。

店主の反応を見て、これは良くないと感じた。


「あっ、そうですよね、誰かも分からないやつが作ったものなんて売り物にならないですよね・・・。なら!もし売り物にならないと店主さんが判断したら素材代とか掛かったお金出します!」


「いや、そういう意味じゃなくてだな、本当にいいのかよ?」


鍛冶の世界では、技術は弟子にのみ伝授されて秘匿するものというのが常識だった。

日本でも物語の話だが弟子が刀を冷やす水の温度をなかなか教えてもらえず、冷却水の温度を手をつけて盗もうとした結果、腕を切り落とされた。

そんな物語があるくらいだ。


だが、アルージェは師匠にそんなこと教わっておらず、鍛治界隈の常識など知らない。


「えっと、何か問題ありますか・・・?」

アルージェはキョトンとした顔で鍛冶屋を見つめる。


「いや、坊主がいいって言うなら別にかまわねぇが」


「本当ですか!ありがとうございます!!じゃあ、ルーネ。ごめんだけど少し待っててくれる??」

アルージェはルーネの返事も待たずに工房へと進む。


「なぁ、坊主。ちょっといいか?」

鍛冶屋も本当にこのまま続けても良いものかと思い、アルージェに声をかける。


アルージェが振り返ると店主から鍛治界隈の常識を話し始める。


「そうだったんですね。んー、でも、師匠には誰にも見せるなって言われてないんで、大丈夫だと思います!」


「いや、それなら別に構わな「材料ってどこにありますか?」」

鍛冶屋の言葉を遮るほど、アルージェは久々に鍛治ができることに興奮していた。


「あ、あぁ、ならその辺のやつを「分かりました!」」

弟子を卒業したとは言え、まだ子供だ。

鍛冶屋は大して期待などしていなかった。

どちらかといえば暇つぶしにはちょうどいいか軽い気持ちで思っていた。


だが、アルージェが実際に短剣の作成を開始して、しばらく様子を見ているとあまりの手際の良さに驚いた。

そして、アルージェがアイテムボックスから取り出した槌を見て言葉を失った。


アルージェが持っている槌の持ち手には、競争の激しい王都で伝説と言われた鍛冶師グレンデが作成した物に刻まれるサインがあった。

「おいおい、これは夢か?いやいやそんなはずはない見間違いだろ」

鍛冶屋はアルージェが持っている槌をもう一度確認するが、間違いなくグレンデ氏のサインがそこに彫られていた。

鍛治を生業にするものが見間違えるはずがなかった。


グレンデのサインは贋作師がこぞって贋作を作成しようとした。

同じ形にしようとすると形が歪になったり同じ大きさで作成ができなかったり、彫りの深さが違ったりと同じものを作成できないことで有名だった。

かなり腕のある鍛冶師が本気で真似しようとしてもできないもので、グレンデしか作成できないとされているサインがその槌には彫られていたのだ


もしもこの子供が師匠と呼んでいる人物がグレンデなのだとしたら、誰も見せるなとは言われないだろう。

鍛冶師としての次元が違う。

その表現が正しいだろう真似できる訳がないのだから。


店主はアルージェの作成している工程から何か技術を盗めないかと思ったが、なぜそのタイミングでその行動をするのか理解ができなかった。

なぜなら今広く知られている既存の工程とは全く異なるものなのだ。

何度も繰り返し見ていれば一工程くらいは真似できるかもしれない。

だが、一工程真似できたところで何の意味もない。

他の工程が技術に追いついていないため、恐らくは素材を無駄にしてしまうか、武器が完成しても武器として使用することはできないものができるだろう。


店主は頭の中でぐるぐると思考を回していたが、思考を放棄する。

ただアルージェの武器が完成するのを待った。


それから少し時間が経つとアルージェの手には短剣が握られていた。

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