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第三十一話

目が覚めると岩肌に囲まれた洞窟の中だった。


一面真っ白なあの部屋は夢だったのだろうか。

いや、そんなはずはない。

アルージェと田中幸太郎の記憶が存在しているのだから。

やはりあれは夢ではなかった。


田中幸太郎とアルージェの記憶があっても、やることは変わらない。

神様から聞かされた事実。

断言はされなかったがシェリーがまだ生きている可能性がある。

それを聞けただけで生きる希望が出来た。


アルージェは体の伸ばす為に伸びをすると、背中側にまだ狼がいた。

体温が下がらないようにずっとそばにいてくれたんだろう。


狼はアルージェが起きたことに気付くと、顔を上げてアルージェの様子を伺う。


「おはよう。ずっと一緒に居てくれたんだね。ありがとう」

アルージェが優しく狼の頭を撫でると、狼は起き上がりどこかに移動していった。

機嫌損ねたかと不安に思ったが、そうではないとすぐに分かった。

ご機嫌に尻尾をぶんぶんと振っていたからだ。


狼の後ろ姿を目で追っていると、辺りには草が散乱していた。

どれも見たことある。

村で先生に傷に効くと教わった薬草ばかりだ。


アルージェは自分の体を見る。

致命傷は負っていなかったが無傷では無かったはずだ。

だが体の傷は痕も残らずきれいに治っていた。


少しくらいは残っていた方が男になった感じがしてかっこよかった気もする。

けど、狼が自分を気遣って精一杯やってくれたのだと理解する。


「ふふふ、素直じゃないなぁ」

アルージェは立ち上がり、体の調子を確認する。


ストレッチをして、近くに置いてあった剣を手に取る。

そして村にいた時は毎日やっていた素振りや筋トレをして、どのくらい体が鈍っているか確認する。


「ふぅ、今日のところはこんなものかな。これなすぐに調子を取り戻せるだろう」

剣を鞘に納め、どこかに行ってしまった狼を探し始める。


世話してくれた狼を探すためにうろうろしていると、他の狼達と目が合う。

どうやらここで集団を作って生活している様だ。


目が合った狼達はアルージェの姿を見つけるやいなや、ワウーと遠吠えを始めて、最後はまた独特のポーズで頭を下げる。


三度目だが、正直どう反応していいのか分からない。

ただ悪意は感じないので、手を上げてお礼だけ伝える。

そうすると、満足げに皆元いた場所に戻って行くのだ。


「あ、ちょっと待って!」最後にきた狼に声をかける。

声を掛けられた狼は振り向き、「へっへっへ」と舌を出しながらこちらの言葉を待っているような気がした。


「看病してくれてた子はどこにいるか知らない?」

アルージェが訪ねると、狼は顔を洞窟の奥の方へ向けて「ウォフ」と答えた。


「ありがとう!」

アルージェはお礼を告げて、教えてくれた方へ走っていく。


水飲み場だろうか。

洞窟の中なのに綺麗な水が溜まっていて池くらいの大きさはある。

そこで看病してくれた狼が水を飲んでいた。


「おーい!」

手を振りながらアルージェが近づくと狼は振り向き、アルージェと目線を合わせる。


「看病してくれてありがとう!本当に助かったよ!」

アルージェは頭を下げると狼が近づいてきて、頬をペロッと舐められる。


「くすぐったいよー。あっ、あと、僕は町に行かないといけないから、そろそろここから出て行くことにするよ。この恩は絶対忘れないから」

アルージェの言葉に狼は「ワウッ」と返事する。


「じゃあね!」

アルージェは狼から返事を聞いて、寝ていた場所に戻る。

持っていた荷物は近くに整頓されていた。


革の鎧や剣を装備して、洞窟から出ていく。


「よっしゃー!フォルスタに行くぞ!」

洞窟から出て伸びをしてから意気込むが、そこは岩山に囲まれた場所だった。


「思ってたのと違う・・・」

平地にある洞窟では無かった。

どちらかというと隠れ里の様な場所。


完全に現在位置を見失ってしまっていた。

街道までの道は森に囲まれていたので、そもそも山なんて見えていなかった。


辺りを見渡すが、どこを見てもピンとくる場所がない。

本当にただの山だった。


「さて、どうしたものかな。一回戻って狼達に聞いてみるしかないかな?」

腕を組みウーンと唸って思考していると、背中を軽く小突かれた。気がした。


アルージェが振り返ると、看病してくれていた狼がいた。


「あれ?どうしたの?なんか忘れ物してた??」

アルージェは持ち物を確認する。

だが元々持っていた物なんて少ない。

ほとんどアイテムボックスに入っているのだから。


「何も忘れてないな」

狼の方を向くと、狼は頭をクイクイと動かし背中の方を指していた。


「乗れって言ってる?」

念のため確認すると、ウォフと返事が来た。


「なら遠慮なく乗らせてもらうね!」

狼に乗って移動なんて、すごくファンタジーっぽいことしてるとワクワクしながら背中に乗らせてもらった。


毛がふさふさで、触り心地が良くて、ずっと撫でていたくなる。


だが、どれくらいの速度で走るのか分からなかったので、振り落とされないようにしっかりと体を密着させる。


狼はアルージェの準備が出来たところで遠吠えをして、ものすごい速度で移動を始めた。


「はえぇぇぇぇぇぇ!!!!」

アルージェは振り落とされないように必死にしがみついていたのは言うまでもあるまい。


少し時間が経つと周りの景色を見れるくらいの余裕が出来てきた。

感覚としては昔先輩にバイクでニケツで移動してもらった時くらいの速度感だ。


あっという間にフォルスタの町が見える高台までやってきた。


「もしかしてあれがフォルスタ?なんで、僕が行きたい場所わかったの?すごいね!」

アルージェが狼に向かっていうと、狼はしてやったりという顔でワフッと吠えた。


「ここまできたらもう目の前に見えてるし見失うことはないと思う!何から何まで本当にありがとうね!」

アルージェが頭を撫でると、狼は目を細めて気持ちよさそうに撫でられていた。


何分か撫でたところで「んじゃ僕はそろそろ向かうよ」と言って撫でるのをやめる。

そしてフォルスタに向かって歩を進めるが、後ろから狼が付いてきていた。


初めはお見送りかと思ったが、一向に帰る気配がない。

町に入るための門が見えてきてもまだ後ろを歩いてきていた。


「どうしたの?帰らないの?」


「ウォフ!」

狼はとても元気に吠える。

どうやら帰る気はないようだ。

すごく懐かれたらしい。


「僕さ冒険者になる為にここにきたんだよね。一緒に冒険者になってみる?」

アルージェの質問にこれもまた元気に「ウォフ!」と返事が返ってきた。


「じゃ、じゃあ一緒に行こうか。ハハハ」

アルージェから乾いた笑いが出る。

冗談のつもりで聞いたけど、まさか元気に返事されるとは思っていなかった。


「んじゃこのまま町に向かうかなー。あれ?狼って町に入れるのかな?」

町に入れるかどうか疑問だったが、とりあえず連れ行ってみることにした。



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