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第二十四話

「なんだか緊張するなぁ・・・」

アルージェはグレンデの家に着いたが、家の中に入る踏ん切りが付かない。

かれこれ10分ほどグレンデの家の前を行ったり来たりしていた。


「えぇい!いくぞ!いくぞ!」

気合を入れて「こんにちは!」と大きめの声であいさつして家の中に入っていく。


だが返事はなく、家の奥にある鍛冶場からカンカンと一定のリズムで槌が振り下ろされる音が聞こえてくる。


音の鳴る方へアルージェは移動し、グレンデを目視で確認する。

そしてもう一度「師匠!こんにちは!」と声を出す。


グレンデは声に気付き、アルージェの方へ視線を向ける。

「んあ?よく来たの、今日は何か言ってたかの?」とグレンデは来るアルージェが予定を忘れていたかと思い、目線を上に向ける。


「いえ、今日は話が有って、急にきちゃいました」

とアルージェは真剣な顔で答える。


「ふむ。なら少し待ってくれんか?もう少しでこれが完成するんじゃ」

そう言ってグレンデは作業に戻る。


アルージェは「分かりました!」と返事をして、そのまま端っこにある休憩スペースにある椅子に座る。

十五分程グレンデの作業を見ていると作業を終えたのか、酒を持って椅子にドシンと座る。


「待たせたの、それで話というのはフリードが言ってたあれの事か?」

グレンデもすでにフリードから相談を受けているようだった。


「多分それだと思います。一応話しておくと、明日村から出て町に行くことになったので、挨拶にきました」


「ふむ。そうか、いつか出て行くとは思っておったが明日か。思ったより早かったのぉ」


容器に入った酒に視線を落として言葉を続ける。

「儂がお主を弟子にとってブランクはあるが、もう五年くらい経つんじゃな。時間はあっという間に流れていくのぉ」

グビッと酒を飲み干し、アルージェを見つめて「アルは今日で弟子卒業じゃ、もうどこにでも好きなところに行くとよい」と言い放った。


「えっ?」

アルージェは不意の言葉を言われ聞き返す。


「アルは儂が教えられる全ての事を学び、理解し、実践することができるようになった。そう言っておるのじゃ」

淡々とグレンデに突き放す言葉を言われアルージェは見捨てられたと思った。


「師匠は僕が村から出るから、教えても意味がないと思ったんですか?それとも、僕の事嫌いになったんですか?まだ師匠の弟子で居たいです!絶対に生きてまた村に顔出します!だからそんなこと言わないでください!」

アルージェは立ち上がりグレンデに対し必死に叫んだ。


アルージェの必死さに驚き、グレンデはどうしてアルージェがそういう結論を出したのか分からなかった。

「はて?どういうことじゃ?」

グレンデの頭に疑問符が浮かぶ。


「なるほどな」

何か勘違いをしていると理解して、詳細を話し始める。

「いや、この間来た時曲刀を作ったじゃろ?あの刃がすごい反っとるあれじゃ。あれで儂が教えられる武器の種類を全て作ったんじゃよ。もう作り方も完璧なはずじゃ。だから卒業なんじゃ」


「えっ?そういうことですか・・・」


「あぁ、そういうことじゃ・・・。どういう意味だと思ったんじゃ?儂が弟子を見捨てたとでも思うたか?」


「あ、えーと、少しそう思ってしまいました・・・」

少し気まずい空気が流れる。


「失礼な奴じゃな!カカカカカカ」

アルージェの頭を手でトントンと優しく叩こうとするが、頭の先まで手が届かず頬を触れる。

ドワーフ族のグレンデはそこまで身長は高くないので、頭を触るのはそろそろ限界の様だった。


「大きくなったなアルージェ。あっ、背の話じゃないぞ!この何年かで色々と吹っ切れて成長したなと言っておるんじゃぞ!」


そういうと真剣な顔でアルージェを見つめる。

「これからはアルと儂は鍛冶師としてライバルじゃ。お互い会える機会は減るじゃろう。技術はまだまだ負ける気はせんが、お互い技術を高めあえる仲になったの!」

そう言い終わるとグレンデは上機嫌で酒を注ぎアルージェに笑いかける。


アルージェはその言葉を聞き嬉しくなり、少し涙ぐんでしまう。

「師匠ぅ!今まで本当にありがとうございました!絶対に師匠と並べるような鍛冶師になります!」


「カカカカカ!生意気言いよる!」

グレンデはそう言われて嬉しそうに笑う。


「そうじゃ、忘れておった」

何かを思い出したのかグレンデは椅子から立ち上がり、奥にいそいそと鍛冶場の方へ移動する。

そして戻ってきた師匠は手に何か持ってきた。


「ほれ、これ餞別じゃ」

そう言うと布に包まれたものを渡してきた。


アルージェが中身を見ると、鍛冶に必要な道具一式が入っていた。

だが、道具を見ただけで分かった。

見た目はだけなら間違いなく素晴らしい出来だ。

だがどれも明らかに重心がおかしかったり、作りが甘いものばかりだった。

「ん?師匠からかってます?」


「んあ?儂が作った傑作にケチをつけるのか?」

高圧的な態度でアルージェに詰め寄る。


「師匠、これが本当に傑作だと思っているのならガッカリです」

アルージェも負けじと答える。


グレンデはそう言われ、アルージェを睨みつけていたが、次第に表情が柔らかくなる。

「カカカカカカ!それを見抜くか!今まで取った弟子の中でこれを見抜いたやつはお主で二人目じゃ!!」

グレンデは、今日一番の笑顔を見せて喜んでいた。


「えっ?どういうことですか?」

アルージェは意味が分からずポカンとする。


「儂はな弟子を取ったら最後に餞別を渡すんじゃがな、あえて不良品を渡すようにしているのじゃ。ちゃんと、儂からすべてを学べたかの最終確認のためにな。大体のやつは嬉しそうに不良品の道具一式をもらってそのままお別れじゃな。敢えて指摘しなかった奴もいたかもしれんが、指摘できないやつも含めて最後で不合格にするんじゃよ、だから儂が卒業を認めた弟子はお主で二人目じゃな」


「正直、びっくりしました。言わない方がいいかと思ったけど、でもライバルって言われたからちゃんと指摘しないとって思って指摘しました」


「そう、それが正しいのじゃ。間違ったことは間違っていると言えないような関係はライバルではないと儂は考えおってな。高圧的な態度にも負けずに指摘してくれたこと嬉しかったぞ!こっちが本当の餞別じゃ!」

そう言って鍛冶場の近くに置いてあった道具一式を持ってくる。


アルージェはそれを見た瞬間、道具から目が離せなくなった。

「これは・・・」

それ以上の言葉が出てこない。


「おっ、さすがに分かるかアル!道具としては儂史上最高傑作かもしれんな」


「こんなのもらえないですよ!」

そういって返そうとする。

なんせ、出来が良すぎて餞別としてもらうのも申し訳なくなる程の逸品だった。


だがグレンデは首を横に振り、頑なに受け取ろうとしない。

「職人は自身のレベルに合わせた道具を使うのが基本じゃ。今のアルはその道具を使うに値するということじゃよ。なに、金の事なら気にせんでよいぞ、死ぬまで酒浸りでも暮らせるほど持っとるからの!カカカカカ」


「ほんとにいいんですね?ほんとにもらっちゃいますよ?」

アルージェは何度も疑い深く確認する。


グレンデはアルージェを真っすぐに見つめる。

「もしもじゃ」

そういって一拍置いてから言葉を続ける。


「もしもアルが冒険者として大成せず、職を失い、この村に戻ってきたいと思うことがあれば、それを売れば村まで帰ってくる分くらいの金額にはなるじゃろ?その時は迷わずに売って村に帰ってこい」


「それで儂と一緒に”辺境発超高品質の鍛冶屋”やろうな」

グレンデはそういうと笑顔を見せる。


アルージェはその言葉を聞き、そんな未来を夢想した。

「師匠!それは冗談でも嬉しいです!楽しそうですし!もしも冒険者向いてなかったら戻ってくるので、絶対にやりましょう!それで王都にある鍛冶屋ぎゃふんといわせちゃいましょう!」


「ほう、なかなかに乗り気じゃな。これは長生きするしかないのぉ」

そういって酒をグビグビと飲み進める。


「でも、僕は冒険者として”も”成功する予定なので、すごく先の事になりますよ?ちゃんと長生きしてくださいね?」


「んあ?ドワーフ族の寿命をしらんのか?ドワーフ族は大体百五十から二百くらいまでは生きるんじゃ。儂はまだ70そこそこじゃからアルが寿命で死ぬ時くらいまでは余裕で生きておるつもりじゃ。だからアルこそ冒険中にヘマしでかして簡単にやられるでないぞ、カカカカカカ」


「ドワーフ族って長生きなんですね・・・。お酒辞めたらもっと生きそうですけど・・・」


「馬鹿言う出ない!儂らからしたら酒が水みたいなもんじゃぞ!?酒辞めるのは死ぬのと同義じゃ」


「ま、まぁお酒は適量飲んでれば体にいいって聞きますもんね!」

アルージェは慌てて話を誤魔化した。


「そうじゃぞ、酒はエリクサーみたいなもんじゃよ!」

そういうとまたグビグビと酒を飲み進める。


「んじゃ、暗くなってきたんでそろそろ帰ります。父さんと母さんも心配すると思うので」


「あっ、待つんじゃ。倉庫にアルが作った武器を置いている。好きなものを好きなだけ持って行きなさい、アルは色々な武器が使えるんじゃろ?フリードが自慢げに言っておったぞ」


「いいんですか?師匠が痛んだりしないように手入れまでしてくれたんですよね?」


「構わんぞ!むしろ、この日のために手入れしておったからのぉ。アイテムボックス持っとるんじゃろ? 空きが無くなるまで入れていくとよいぞ」


「ありがとうございます!」

アルージェ達は一緒に倉庫に移動し、「これを作った時は」と昔話に花を咲かせる。

自分が使える武器、得意な武器などをアイテムボックスに入らなくなるまで詰めてからグレンデに別れを告げる。


「それじゃあ、達者でな」


「師匠も!」

そういうとアルージェは右手を前に伸ばした。


グレンデは少し考えてから、同じく右手を前に伸ばす。

硬く握手をしてグレンデの家を後にする。

アルージェは何度も振り返りグレンデに向かって手を振る。


その背中を見ながらグレンデは「アル、お主は冗談と捉えていたかもしれんが、儂はお主と本当に鍛冶屋をしたかったんじゃ・・・」そういい肩を震えさせていた。


「歳を取ると本当にいかんのぉ」そう言って、顔を上げた。

グレンデの頬には一筋の線が夕焼けに照らされる。



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