更に二年の月日が経ち、僕はもうすぐ十歳になろうとしていた。
あの時、師匠の手を取らなければ僕の時間はあそこで止まっていただろう。
シェリーを失い、卑屈になり、村の人全員が敵に見えていた。
宴の時はシェリーが死んだのにみんな笑って楽しそうにしていた。
そのことを今も許すことができていなかったかもしれない。
でも師匠が差し伸べてくれた手を取ったから、僕は先に進めた。
あれから師匠にはずっと鍛冶を教えてもらっている。
二年で作った武器の数は百を超えていると思う。
だいぶ熱中してしまったとは思うけど、師匠は嫌な顔せず付き合ってくれた。
どちらかといえば師匠からあれもこれもと言われていたような気もする。
けど、まぁそれはどっちでもいい。
僕も武器作りを目一杯楽しんだ。
作った武器は行商人が来ても売ることをせず、なぜか師匠の家にある倉庫で保管してくれている。
しかも、暇な時は錆びたりしないように手入れまでしてくれているらしい。
師匠には足を向けて寝れない。
初めて師匠と武器を作ったその日に、弓と森での生存術をまた教えて貰えないかとシェリーの父ロイさんに聞きに行った。
日が沈んでからの訪問だったにも関わらず、ソフィアさんもロイさんも嫌な顔せず話を聞いてくれた。
僕はまずシェリーを守れなかったことを謝った。
「アル君が気にすることじゃない」とロイさんとソフィアさんは笑っていた。
あれからだいぶ時間は経ってしまったけど、また弓と森でのサバイバルについて教えてほしいとお願いしたら、ロイは快く引き受けてくれた。
アルージェが家を訪ねる度にロイは何度も森の中へ連れて行ってくれた。
そんなロイの家には子供が出来た。
名はライ。
光に当たるとオレンジ色に見える茶色い髪をした翠色の目。
その姿はシェリーによく似ているが男だ。
僕をアル兄と慕ってくれている。
そして僕にも妹が出来た。
名をマール。
父さんと同じで青色の髪で肩くらいまで伸ばしている。
瞳は海のような紺碧色で、母さんの血より父さんの血をよく引き継いでいるみたいだ。
ライとは僕の取り合いをしているらしい。
僕からしてみたらマールは本当の家族だし、ライはシェリーの弟で家族のように思っている。
でも、マールにはマールのライにはライの考えがあって、なぜか僕に遊んで欲しいらしい。
もういっそ二人で遊んだら解決すると思うんだけどね。
僕の周りで大きな変化といえばこれくらいかな。
あぁ、そうそう。
村長の息子サイラスと僕は和解した。
元々サイラスはシェリーが好きだったらしく、ずっと僕がそばにいるのが気に食わなかったらしい。
それで、はじめは僕のよりも強いことを示してシェリーの気を引こうとしたけど、小さい僕を殴るなんて最低と言われ撃沈。
その後、また僕達にちょっかいをかけて、今度こそはと思ったらしい。
けど結果はアルージェに惨敗して、これまた撃沈。
シェリーに一つも良いところが見せられず、村長にもめちゃくちゃ怒られた。
挙げ句の果てには周りからめちゃくちゃ嫌われていることを自覚したようで、改心して新たな一歩を踏み出した。
っていうのをサイラス本人から聞いた。
村長はあぁ見えてめちゃくちゃ武闘派らしく、それはそれはビシバシ鍛えられたと震えながらサイラスは話していた。
まぁ、村長はこの村の村長兼警備隊長らしいから強いのは当たり前だ。
サイラスはよく自分の将来を語ってくれる。
「俺はな、村長の息子だからいずれはここの村長になると思ってる。だけどな、嫌われたままじゃ格好がつかないから、もう遅いかもしれないけど強くなって少しずつこの村に恩返しがしたい」
って言ってた。
まだ一回も僕に勝ったことないけど。
シェリーが死んだのは、俺達村の警備隊が自分で魔物を倒さないで冒険者に任してたせいだ。
そのせいで対応が後手に回ってしまったからだと酒を飲むたびに持論を語ってくれる。
その度に次のゴブリン討伐は俺も冒険者達に付いていく気だ!と意気揚々である。
でも冒険者達ってグループでくるから、きっとそこに入るのは無理だと思うなぁ。
次はシェリーのこと。
シェリーが行方不明になってから四年くらいが経ったけど、もう完全に死んだことになってる。
死体は見つからなかったけどあれだけの血が出てれば、もし生きていたとしても周りから余計に魔物が集まってやられている可能性は高いという結果になった。
それにロイさんと何度も森に行ったけど、痕跡もなかったからロイさんもソフィアさんも割り切ったらしい。
今はライに二人とも首ったけでそれほど気にしていないようには見える。
けど実際は家の裏に墓を作って、命日にはちゃんとシェリーが好きだったものを供えているのを僕は知っている。
さて。
村のことはこれくらいにして、最後は僕のことを話そうと思う。
僕は明日で十歳になる。
妹が出来て、弟分も出来た。
サイラスとは和解出来て、正直今までに無いくらいすごくいい方向に進んでいる。
このまま村で一生を終えてもきっと悪いことにはならないと思う。
けれど、僕はシェリーを失ってから一度たりとも冒険者になることを忘れたことはなかった。
その為に武器の扱いを、森でのサバイバル術を、鍛冶を教えて貰った。
僕はシェリーが生きているという考えを捨てられないでいた。
頭では死んだと思っていても心がそれを否定する。
森にいないということは魔物から逃げ切って、なんとか生き延びたんじゃないかと思っている自分がいるのだ。
シェリーは僕よりもずっと強かった。
そんなシェリーが何もせず魔物に負けるわけないと確信していた。
僕でもバトルウルフ一体だけなら何とか相手に出来たのだから。
故に僕は町に行って、シェリーのことを知っている人がいないか確かめたかった。
でも、実はここまでは建前で本音は別にある。
この世界には僕のまだ見ぬ武器が眠っていると思うと、何故か心がワクワクするんだ。
はじめは本当にシェリーを探す旅に出るつもりだった。
だってシェリーが生きているのならそれはすごく嬉しいことだ。
けれども、ロイさんとソフィアさんを見ていると、僕だけずっと思い続けているのは違うと思った。
だから僕は僕の夢を叶える為に冒険することにした。
色々なところを回って、この世界にある全ての武器を見たい。
なぜか心の奥底でずっとこんな感情が僕を支配する。
なんでこんなに武器が好きなのか分からない。
明日父さんと母さんに話してみようと思ってる。
建前でどうにかなるならそれが一番だけど、無理なら本音をぶつけてみようと思う。