二年の時を経て、アルージェは八歳になっていた。
今日はフリードと槍の稽古の日だ。
最近は剣だけじゃなく、槍や鈍器など色々な武器の扱いを教えてもらっている。
「今日はここまでにしよう」
「はい、父さん。今日は何か手伝うことはある??」
アルージェは汗を拭いながら尋ねる。
「いや、俺の方はもうほとんど終わっててな。後は俺だけで十分だからサーシャに聞いてみてくれ!」
フリードは後片付けをしながら話す。
「分かった。父さん、今日もありがとうね」
「俺も好きでやってるから気にすんな!」
フリードが笑いながらアルージェの頭をガシガシと撫でる。
「もう、子供じゃないからやめてよ!」
そう言って頭をブンブンと振り、フリードの手を振り払う。
「おっ、一丁前なこと言うようになったじゃないか。アルは大人になったつもりかもしれないが、アルはずっと俺の子供だからな!」
フリードはもう一度、アルージェの頭を撫で回す。
「もう、やめてって!母さんの方に行く!」
アルージェはフリードから逃げるように家に戻っていく。
後ろからフリードの笑い声が聞こえてくる。
あれから二年間。
一日たりともフリードとの修行を休むことはなかった。
だが、その代わりにロイから弓を習ったり、グレンデの元で鍛治を習う事は無くなった。
シェリーを失って以来、アルージェはただ強さだけを求めるようになった。
だからアルージェは剣だけじゃなく、その他の武器を使えるようにフリードに頼んだ。
更に自分を追い込むかのように基礎トレーニングの量を増やし、体を作ることに専念していた。
これだけ訓練と体作りをしているにも関わらず、目に見える程の効果はなかった。
色々な武器の扱いを練習はしているが、全部一定までは上手くなれる。
だが、ある程度したら大きな壁が立ちはだかる。
アルージェはその壁を越えられないのだ。
それでも強くならなきゃいけないという思いがアルージェを更に追い込む。
修行をしている時は集中しているので問題ないが、一人になると自虐が酷くなる。
僕は何をやっても平凡だ。
平凡な僕と違ってシェリーは凄かった。
僕よりも短い期間で剣だって上手くなってた。
きっと何をやっても僕はシェリーには勝てなかったんだろうな。
どんだけやっても強くなれない。
シェリーを守ることも自分を守ることも出来ない。
なんで僕じゃなくてシェリーなんだ。
自分を責めながらサーシャに頼まれたお使いに向かっていた。
「ちょっといいかの?」
後ろから声を掛けられる。
「はい?」
アルージェは考えるのを辞めて、声がする方へ振り返る。
「アル、久しぶりじゃな」
そこには二年前まで師匠といって慕っていた、グレンデが笑顔で立っていた。
「師匠・・・」
アルージェはあの事件以来一度も顔を出していなかったので、気まずくなり俯く。
「んあ?なんじゃ下なんか向いて。らしくないのぉ。大丈夫じゃよ、儂は別に怒っとらん。何があったかは大方話を聞いておる。私等ドワーフ族は人族より長生きなんじゃ。二年なんて寝て起きたら過ぎてるくらいの感覚じゃからのぉ。なんも気にしとらんよ。ただ、フリードの奴からお主が伸び悩んでると聞いてな。声を掛けただけじゃ」
フリードもアルージェの訓練をしながら薄々ながら壁に当たっていると感じていたようだ。
「そっか・・・。やっぱり父さんも分かってたんだね・・・」
「どうじゃ?儂に少しお主の話を聞かせてくれんか?二年も会ってなかったんじゃ。色々経験したんじゃろ?」
アルージェは少し躊躇っていたが口を開く。
「何から話したらいいかな・・・。最近色んな武器で訓練してるんだけど、何をやってもある程度は上手くってる自覚はあるんだ。けど、毎回どうやっても越えられてない壁があるんだよね。どうやって越えたらいいかもわからない。でも越えないとこれ以上強くなれないって思って、また訓練するんだけど。上手くなってる自覚が湧かなくて、嫌になって新しい武器での訓練を初めてまた壁に当たってって言うのをずっと繰り返してて、少し疲れてきちゃいました」
アルージェは弱った顔で笑う。
「なるほどな。儂にも有ったな。武器の扱いではなく鍛冶でじゃがな。スランプっていうんかの?感じたことがあったわい」
グレンデは納得したように頷く。
「師匠はどうやって乗り越えたの?」
「んあ?儂はな一年くらい休んだんじゃ。嫌になったから鍛冶を辞めて、やりたいことをやったって感じじゃな。幸い金はあったからの一年くらいどうってことなかったわ!カカカカカカ」
グレンデは豪快に笑う。
「でも・・・。でも、それじゃあ僕強くなれないよ・・・」
アルージェはまた俯く。
「なんじゃ、アルはこの二年で変わってしまったの。そうじゃな、少し気晴らしにウチに来て、鍛冶でもしてみんか?」
「えっ?」
アルージェは目を丸くする。
「儂はアルが弟子を辞めることは許可しておらん。正直今もまだ儂の跡を継いで欲しいと思っておるんじゃ。けど、アルは強くならなきゃいけないんじゃろ?強くなるための道は一つじゃないと思うんじゃ。儂と一緒に鍛冶をすることが、強くなることの近道になるか遠回りになるか分からん。もしかすると全く必要ないなんてことになるかもしれん、でもこれも一つの道じゃと思うんだがどうかの?」
グレンデはアルージェに手を差し出した。
「こんなこと言うと自惚れてると思われるかもしれんがの、アルが大人になってどんな道を選んだとしても、儂が教えることは絶対に無駄にならんぞ!」
グレンデはニカっと笑う。
そこでようやくアルージェ気付いた。
世界の全てが自分の敵だと思って、自分で視野を狭くしていたのだと。
「そっか。みんな僕を気に掛けてくれてたんだ」
今迄心の中でつっかえていたものが取れて、灰色になっていた世界に色が付いた。
シェリーがいないこんな世界は何も面白くないし、楽しいことなんて一つもない。
そんな風に勝手に決めつけていた。
だから武器を手に取って強くなることに集中した。
来る日も来る日も武器の鍛錬、基礎トレーニングをこなすことばかり考えていた。
強くなることが自分に出来るたった一つの罪滅ぼしだと信じて。
村の人達もアルージェを心底心配して、声を掛けてくれていた。
ロイとソフィアはシェリーが居なくなってもいつでも顔を出してと言ってくれていた。
弓の訓練だって、森のことだってもっと教えてくれると言っていた。
だが、勝手に気まずさを感じて行かなくなったのは僕の方だった。
サイラスもわざわざ家に来て「あの時は俺が悪かった」と謝って一緒に遊ぼうと誘ってくれた。
でも拒否したのは僕だ。
アルージェは吸い込まれるように師匠の手を握った。
そして肩を震わせながら。
「師匠、勝手に二年も休んでごめんなさい・・・」
心からの謝罪。
師匠は気にしないでもいいと言ってくれていたが、謝らないのは違うと思った。
「そうじゃな、二年も休んだんじゃ、腕も鈍っておるじゃろうしバシバシ鍛えるとするかの。カカカカ!」
アルージェはサーシャに言われていたお使いも忘れて、グレンデと一緒に鍛冶場に向かった。
二年触っていなかったが思考がはっきりとしていて、今なら出来ると何故か自信に溢れていた。
鍛冶場に立つアルージェの自信に満ちた表情をみてグレンデは何かを察する。
「どうやら肩慣らしは不要じゃな。二年前の続きをしようかの」
グレンデは倉庫から鉄鉱石を運んでくる。
「二年前。お主は農具の修理から武器を作る段階に移行しようと言ったのを覚えているか?」
「はい!」
「なら、いきなりじゃが武器を作ってみるか」
そういって師匠に教えてもらいながら武器の作成に取り掛かった。
そしてあれから数日が過ぎた、師匠と作った武器は何の変哲もない普通の片手剣だ。
ショートソードと呼ばれる
取り回しがよく盾と併用して使われることが多い武器である。
師匠に手取り足取り教えてもらった。
自力では無いがアルージェが初めて作った武器だ。
「どうじゃ?アル、初めて武器を作った感想は?」
「初めてだからかもしれないけど、すごくこの武器が好きになるね」
アルージェは嬉しそうに作った武器を手に取り眺めながら答える。
グレンデはアルージェの言葉が嬉しくなり笑顔になる。
「そうじゃろ。そうじゃろ。儂もかれこれ何百と武器を作ってきたが、全て我が子のように感じとる。だからアルにもそうあって欲しい」
笑顔だったグレンデは真剣な表情になる。
「武器というのは簡単に人を殺せるものじゃ。大多数の人は殺すために使うものという認識の方が強いかもしれん。だが、持ち手の意思によってそれは変わるのじゃ。アルにはそれをしっかりと認識してほしい」
一旦そこで一区切りし言葉を続ける。
「約束してくれアル。人を守るために武器を作ってくれ。儂は悪のために鍛冶を教えるつもりはないでな。もし、アルが道を踏み外して悪のために武器を作るというのであれば、儂はお主を殺すことになる」
グレンデは過去にそういう経験があるのだろうか、どこか遠いところを見つめながら話す。
その後すぐに目線をアルージェに戻す。
「まぁ、アルは大丈夫じゃろうな。思い人を守るために強くなることをえらんだんじゃから。カカカカカカ!」
グレンデはアルージェの頭にポンと手を置き微笑みかける。
「大丈夫だと思う。でも、僕が良い人だと思ってた人が悪い人だったら・・・」
アルージェは殺すと聞いて不安になり俯く。
「その時は儂がその悪党どもを叩いてやるわい!カカカカカ」
そういうとグレンデどこからか持ってきた酒をゴクゴクと飲み始める。
「さて、今日はそろそろ帰るか?」
グレンデは一仕事終えたのでくつろぎ始める。
「ううん、もう少し自分で作った武器の使用感を確かめてから帰るよ!」
「そうかそうか。好きなだけいなさい。ただ素振りするなら外でな」
グレンデはツマミを取りに鍛冶場から出ていく。
「はい!」
アルージェも自分の作った武器の使用感を確かめるためにグレンデと一緒に鍛冶場を出る。