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第十四話

お昼前までにシェリーと一緒に基礎トレーニングが終わり、昼ごはんを食べる。


そして午後からトレーニングの続きで剣の打ち合いを始めるところだったが、サーシャから声が掛かる。

「ちょっと待って!ちょっと待って!」


「「えっ?」」

アルージェとシェリーは急に止められたので剣を構えながら唖然とする。


「そんなに毎日会ってるのに、トレーニングだけして“はい、また明日“なんてダメです!たまには外に二人で遊びに行きなさぁい!これはお母さんの命令です!」

サーシャに今日は外に遊びに行くように命じられたので、午後からは二人で丘の上の広場に行くことにした。


「でもまぁ、たまにはこういうのもいいね。最近ずっとトレーニングばっかりで普通には遊んでなかったもんね」

広場に移動しながらアルージェはしみじみと言う。


「でも、アルは大丈夫・・・?あそこまたサイラス達がいるかもしれないよ・・・?」

シェリーはアルージェの身を案じていた。


「サイラス達ってずっとあそこにいるの?そんな毎日あそこに行ってたら、飽きてくると思うんだけどな。他に行く場所とかないのかな?」


「んー、サイラス達は“俺達のエデン”って呼んでて、毎日集まってるみたいだよー?みんなの広場なのにねー」


「ふーん、そっか、ずっといるなら会うのも嫌だし、別のとこいこうか?」

アルージェが提案したがすでに遅かったようだ。


後ろからサイラスが声を掛けてきた

「よお、シェリー!久しぶりだな、最近会ってなかったから村から出て行ったのかと思ったぜ。”俺達のエデン”になんか用か?」

サイラスはアルージェの事を押しのけ、シェリーに近付く。


「んー、サイラス達がいるから、別のとこに行こうかってアルと話してたところだよー」

シェリーは近付いてきたサイラスをひらりと躱して、アルージェの方に行く。


「あぁ?またお前か。クソ雑魚のくせに俺の前に出てきてんじゃねぇよ」

サイラスはシェリーが自分では無くアルージェの方に近寄ったので、少し苛立ちを見せる。


「わかったよ。シェリー、僕達は向こうで遊ぼう」

アルージェがシェリーの手を取り、別の場所に移動しようとする。

サイラスはアルージェがシェリーに近づいた時、全く抵抗しなかったことにイラつく。

そして、そのまま二人が自然と手を繋いだことに顔を赤くする。


「お前!生意気なんだよ!」

サイラスは広場から離れようと、背を向けているアルージェに後ろから殴りかかる。


アルージェは横目で拳の軌道を見てひらりと躱し、代わりに足を引っかけてサイラスを転ばす。


「シェリーの剣速よりもだいぶ遅いね。それじゃあ僕には当たらないよ」


地面に伏せたまま、アルージェの言葉に青筋を立てる。


「お前、絶対に殺す」


サイラスは立ち上がり大振りで何度も殴りかかってきたが、アルージェは何事も無いように全て躱していく。


アルージェに拳が当たらないことに、サイラスは余計に腹を立てる。

そして普段ここまで動くことがないので、段々と動きが鈍くなっていく。


動きが鈍くなったサイラスの大振りな攻撃に対して、アルージェがカウンターを決める。

サイラスは何の抵抗も出来ないまま、アルージェの全力の拳を顔に受ける。


サイラスはアルージェよりも体格ががっしりしている。

そんなサイラスがアルージェに殴られて、五メートル以上吹っ飛びそのまま気絶した。


「サイラス!」

周りの取り巻きが、慌てた様子でサイラスに駆け寄っていく。


そして、アルージェのことを睨みつける。

だが取り巻き達は誰もアルージェに挑もうとせず、ただ睨みつけるだけだった。


「全員まとめてでも良いからかかってこい。相手してやる!来ないなら二度と僕達に近付くな!シェリーは誰にも渡さない!」

アルージェは睨むことしか出来ない取り巻き達に対して叫ぶ。


アルージェはシェリーの手を取り、広場から離れたところを流れている川へ移動した。


川に向かう途中、シェリーはずっとアルージェの横顔を見てニマニマとしていた。


そして、川につく。


「ごめんねシェリー、今日はここで遊ぼうか」


「アル、あたしのこと捕まえて! あたし全力で逃げるからね!」

シェリーからまず提案された遊びは鬼ごっこだった。

シェリーが全力で逃げ始める。


「えっ、もう始まりなの!?ずるいよシェリー!」

アルージェはシェリーの事を全力で追いかける。


アルージェはシェリーを追いかけて逃げ場の無いところに追い込もうと動く。

だが、シェリーは軽いフットワークでアルージェの横を抜けたり、アルージェを飛び越えられたりして追い込むことすらできない。


追いかけている内に、何とかシェリーを川沿いに追い込む。


「もう逃さないよ!」


「うぅ、ならこれならどうだー!」

アルージェを翻弄しようとシェリーは動くが、その動きを予測してアルージェが体当たりをする。


「キャーー!」

アルージェに体当たりされたシェリーはアルージェと一緒に川に落ちて大きく水柱を立てる。


「アルが飛び込んでくるから、ビチョビチョだよー」

起き上がってビチョビチョになった服を両手を軽く広げる。


「ご、ごめん!シェリーが本気で逃げるから僕もムキになって体当たりしちゃった!」


「そっかー!いっぱい走って汗かいてたからちょうどいいねー!ほら、くらえー!」

シェリーが水を掬ってアルージェに掛ける。


「ウワップ!シェリーいきなり顔にかけるのは、ウワップ、うぅ、ならこっちだって!」

アルージェも水を掬ってシェリーに掛けようとする。


シェリーは上手に最小の量しかかからないように躱す。

それに比べてアルージェは避けることが出来ず、たくさん水を掛けられる。


アルージェはシェリーにひたすら水を掛けられる遊びを満喫した。


「ずるいよ、シェリー避けるなんて!」


「アルだってよければ良かったんだよー!」


「あんなの避けられてないよ・・・」


「私はお姉ちゃんだからねー。何でも出来るんだよー。疲れちゃったしあそこで休憩しようー?」


水遊びも程ほどにして、いきなりはしゃいだので二人とも疲れて、休憩と取ることにした。

ちょうど二人が座れそうな大きさのを見つけて腰を掛ける。


「アルはさー・・・」


「ん?なに?」

なかなか次の言葉が来ないので、アルージェはシェリーの方へ視線を向ける。


「アルは将来この村から出て行くの?」

シェリーは俯きながら話す。


「村を?出ていくつもりはないけど、どうして?」

いつも明るいシェリーが珍しく元気がないと思い答える。


「そっかー!なら、大きくなったらあたしと一緒に暮らさない?」

アルージェの答えを聞いて、シェリーは顔を上げて嬉しそうに話す。


「一緒に?別にいいよー」

アルージェは意味を深く考えずに答える。


「ホント!?」

シェリーは岩から降りてニマニマと笑う。


「な、ならさ、あたし達は“ふうふ”だね!」


「そうだね!」

アルージェは“ふうふ”という言葉の意味は分からなかったが、元気に返事をする。


「今日はもう暗くなってくるし、帰ろっか!」


「そうだね、かえろ!」


帰り道、シェリーは上機嫌にスキップしていた。


その日の夜。


アルージェは晩ご飯を食べながら、シェリーと今日何をしていたのかをフリードとサーシャに報告する。

サーシャは「あらあら!まぁまぁ!」と嬉しそうにして、フリードは「よっ、色男!」とはしゃいでいた。


その時、突然ドンドンと力強くドアが叩かれた。


「はーい、どなたー?」

サーシャがドアを開ける。


外には茶髪の茶色目をしたガタイの良い男とニタニタと笑っているサイラスが立っていた。


「家族団欒を邪魔してすまない。村長のリベルだ」


「あら、村長今日はどうしたんですかぁ?」

村長が急に家を訪ねてきたので、何事かとフリードもサーシャの横に立つ


「今日来たのは他でもない。君達の子供とサイラスの事でだ。昼間に何かあったらしくてな。サイラスから聞いた話だと、一方的にサイラスを殴りつけてこのケガを負わせたと言われた。それの事実確認にきたんだ」

村長が親指でチョイチョイとサイラスの顔のケガを指す。


「ちょっと待ってくださいね」

フリードは村長に断りをいれて、アルージェを呼ぶ。


「アルちょっと来てくれ」

フリードに呼ばれてアルージェ玄関に向かう。


「村長んとこの息子と今日の昼何かあったのか」

フリードが真剣な目でアルージェに尋ねる。


「あったよ」

アルージェは端的に結論だけ述べる。


「聞かせてもらえるか、事によっては重大な内容だ」

フリードは先ほどよりも厳しい目つきになり、アルージェを見つめる。


「わかった。今日朝のトレーニングが終わった後、母さんに修業じゃなくて遊んできなさいって言われたから、丘の上の広場に行ったんだ。広場に行く途中でサイラスがいるからやめようってなったんだけど、後ろからサイラスが僕を押しのけてシェリーに話しかけ始めたんだ。でも、シェリーが嫌がったから僕達が別のところに行こうとしたら、後ろから急にサイラスが殴りかかってきた。僕は咄嗟に避けたけど、それでもっと怒ったサイラスがしつこく殴りかかってきた。全部当たらなかったけどね。前のこともあったし、本気で一発だけサイラスを殴ったらそのまま気絶したから、二度と近づくなっていって別の場所に移動した」


「ち、ちげぇ あいつが一方的に殴ってきたんだ!」

アルージェの言葉にサイラスは村長を見ながら異議を唱える。


「ふむ、サイラスの言っていることとだいぶ違うようだが?どちらかが嘘をついているということか。残念ながらここには嘘を見抜く魔道具は無いので、どちらが嘘をついているかを見抜くのは無理だろう」

リベルが顎に手をやり考え始めた。


「ちなみにアルージェ君。前にも同じことがと言っていたが、そちらも詳しく聞いていいかい?」

違和感を覚えたリベルがアルージェに尋ねる。


「あんまり言いたくないけど・・・」

アルージェはフリードとサーシャを見てから状況を説明する


「初めて丘の上の広場に行った時、シェリーと一緒に行ったんだけど、広場につくなりサイラスがシェリーを無理矢理引っ張っていこうとしたのを僕が止めたんだ。そしたらサイラスが怒り始めて、一方的にサイラスに殴られたり蹴られたりしたことがあったんだ」


アルージェの話を聞いて、リベルがサイラスを睨む。


「知らねぇ!そんなのそいつが勝手に言ってるだけだろ!知らねぇよ!」


「ふむ。知らないと言っているが、他に見ていたものはいたか?」


「前のやつはシェリーだけしか知らないよ。今日はサイラスの友達もいっぱいいたけど」


「ふむ、分かった。今日のところは引き上げるとするか。シェリーとサイラスの友達に聞けばわかることだ」

そういうと「団欒の時間に悪かったな」と言って他の証言を聞きに向かう。


話を聞きに行くと言われて、サイラスの顔はどんどん青ざめていた。


後日、村長がまた家に来た。

「先日の件、どうやら、うちのサイラスの妄言だったようだ。疑って本当にすまなかった。どの家の子供に聞いてもアルージェ君と同じことを言っていたよ。今回は私の顔に免じて許して欲しい。本当に申し訳なかった」

近所の子供達から話を聞いた村長が直々に頭を下げに来た。

無理やり連れてきていたサイラスは体や顔にアザが出来ていた。


サイラスも村長に頭を鷲掴みにされて、無理やりに頭を下げさせられていた。


「あぁ、誰でも我が子が可愛いのが普通だからな。仕方ねぇ。俺は少しでも息子を疑ってしまったことが恥ずかしいさ」


あり得ないと思っていても強くなった途端、人が変わることもある。

冒険者ギルドにいた時、そういうやつを山ほど見てきた。

アルージェも変わったのではないか、少しでもそう思ってしまった自分が恥ずかしい。


「まぁまぁ、それにしても君の息子は馬鹿みたいに強いんだな。体格のいいサイラスを五メートルくらい吹っ飛ばしたそうじゃないか。村の防衛は安泰だな!正直サイラスにも見習ってもらいたいくらいだ。話を聞いた時、私がどれだけ恥ずかしい思いをしたか・・・」

リベルはフリードの肩を手を当てて落ち込んでいた。


近所の子供達の話を聞いてサイラスがしてきたことをすべて知った。


人の物を取るのは当たり前、気に食わなければ暴力で解決。

そして嫌がる女子へのいたずら。

近所の子供達からの評価は最底辺だった。


「まだまだ子供だからな。これからじゃねぇか?伸びしろはいくらでもあるだろうに」


「そう言ってもらえて助かるよ・・・。今日から私もサイラスを鍛えようと思ってね。村の代表として防衛戦の時は一番前に立つことが有るのに、あれじゃあ誰もついてきてくれないだろ?流石に酷すぎるからな。腑抜けた考えを叩き直すことにするよ。では、私は失礼するよ。アルージェくん、本当に申し訳なかったね」

リベルはサイラスの腕を掴み引きずるようにサイラスを無理やり引っ張っていった。


リベルとサイラスを見送った後、フリードから話しかけられる。

「アル、俺も疑って悪かった。冒険者時代にギルドで力を持った途端、人が変わる奴を山ほど見てきたんだ。アルももしかしたらって疑っちまった。申し訳ない」

フリードが頭を下げた。


「気にしないでよ。僕だって何も言わなかったから悪いしさ。昔やられたことも言っとけば良かったんだね」


「私はアルがそんなことしないって信じてましたよー!」

フンフンと胸を張るサーシャ


「ありがとね!母さん!」

アルージェはサーシャに抱き付く。


「息子を信じるなんて当たり前じゃない。さっ、早くご飯食べましょー!今日はアルの大好きなシチューなのよ!」


「やったー!」

アルージェは喜びながら家の中に入っていく。


フリードは二人が奥の部屋に入っていくのを眺めていた。


「信じるのは当たる前か・・・、そうだよな。それが家族だよな」

フリードは雲ひとつない空を見上げて呟く。

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