アルージェは、家までどうやって戻ったか覚えていなかった。
”悔しくて”、”悲しくて”、”恥ずかしくて”頭の中でずっとグルグルと渦巻いていた。
家に戻り、扉を開けると母さんがいつもみたいに優しい声で「おかえりー」と声を掛けてくれる。
いつもなら「ただいまー!」と元気返事をするが、今日はそんな気力はなかったのでしなかった返事をしなかった。
返事がないことを不思議に思った母さんが、奥の部屋からひょっこりと顔を出す。
そして、ボロボロになったアルージェを見て、顔色を変えて駆け寄ってくる。
そのまま母さんに色々聞かれた。
顔の傷のこと、服がボロボロで汚れていること、一緒に行っていたシェリーのこと、誰にやられたのか。
だがアルージェは涙を流しながら、首を横に振るだけで精一杯だった。
四歳の子供には、今脳内で渦巻いている感情を表現する術はない。
アルージェは「強くなりたい、誰にも負けないくらい強くなりたいよ」と泣きながら言う。
「そう……」
母さんはそれ以上、何も聞いてこなかった。
腕を伸ばし、優しくアルージェを包み込む。
少しすると泣いていたアルージェは落ち着いたのか「すぅ、すぅ」と寝息を立てていた。
「ふぅ、寝ちゃったか」
サーシャの胸には、目から一筋の跡を残したアルージェが抱かれていた。
「初日からまさかこんな風になって帰ってくるなんて、お母さんさすがにびっくりしちゃったなぁ。男の子ってみんなこうなのかなぁ?」
おっとりと気の抜けた声で呟いていると、バァンと扉が開く。
「いま戻ったぞー!っと、かなり大きい実がついて、なかなかうまそうなだ!ハハハッ」
畑が思っているより上手く出来ていて、上機嫌なフリードが戻ってくる。
「うぉ!サーシャこんなところで何してるんだ?」
入口付近でサーシャが座っていたので、フリードは驚いた。
サーシャがアルージェを抱いているのに気付いた。
「アル?んん?」
アルージェの衣服や顔に傷があることに気付き表情を強張らせた。
「サーシャ!アルに何があったんだ!」
フリードは、驚きのあまり声が大きくなってしまう。
「しー!」
サーシャは人差し指を立てて、唇に当てた。
「おう、すまんすまん」
声を抑えて、サーシャに謝った。
「アルの服、顔の傷から見るに無抵抗で一方的に殴られたり、蹴られたりしないと出来ないところに傷があるな。誰にやられてたかとか言ってなかったのか?」
傷になっている箇所を確認して、フリードは壁に掛かっている剣に手を掛ける。
「こら!フリード!めっ!アルでも恨み言ひとつ言わなかったんだから我慢しなさい!」
サーシャはそう言ってフリードに剣を戻すように指差す。
「アルは誰にやられたかは言わなかったけど、一言だけ言って寝ちゃったわ」
サーシャはアルージェの頬をなぞる様に優しく撫でる。
「そうか、大丈夫だとは思うけど、一緒に行ってたシェリーちゃんもちょっと心配だし、まず家に帰ってるか聞いてくる」
フリードは叱られて、剣に伸びていた手を頭を掻いて誤魔化す。
「お願いね、フリード」
サーシャの言葉にフリードは頷き、急いでシェリーの家に向っていった。
「それにしても強くなりたいかぁ、あんなに真剣な顔で言われたら、お母さん複雑な気持ちねぇ。本当はそんなことと全く関係の無い世界で育てたかったんだけどなぁ」
サーシャはアルージュの言葉を思い出し呟く。
「戻ったぞー!シェリーちゃんは特にケガとかはしてないみたいだ、けど帰って早々に部屋の隅に行って、それからは心ここにあらずって感じらしい」
「そう……」
サーシャは一緒に遊びに行っていたシェリーが無事で安堵する。
「アルがね、こんな姿になって帰ってきて、私もびっくりしたんだけど、とりあえず何が有ったか聞く為に色々と質問をしたのよね。でも何も答えてくれなくて、ただ一言、強くなりたいって言われちゃった……、結局、こうなっちゃうんだぁって思っちゃった」
優しい笑みを浮かべ、アルージェの頭を撫でながら言った。
「強くなりたいか……、子供には伸び伸びと穏やかに成長してもらう為、冒険者をやめて、わざわざ”ニツール”まで来たのに、血は争えないか」
フリードは複雑な心境だったが、息子のその言葉が嬉しくもあった。
「そうねぇ、アル本人が望むなら、私はアルに剣術とか教えるの有りだと思うの。第一線を離れてしばらく経つけど、まだまだ私イケると思うの!」
そう言うとアルージェを寝具に寝かせたサーシャは、床の下に隠していた剣を取り出す。
鍔の部分には凝った装飾の入っていて、持ち手にガードがついている。
刀身は炎の揺らめきの様に波打った形をした美しい細剣を取り出した。
手首のスナップを利用し、剣を高速で動かし、素振りをする。
舞を踊っているかのように美しいが、鋭さも兼ね備えている剣捌きを披露した。
「でもやっぱり全盛期には劣るわねぇ……」
サーシャは溜め息をつく。
「いやそんなことないさ!サーシャはいつだって最高だよ!」
そういってサーシャの腰に手を当て、体を近づけるフリード
「まぁ!フリードったら!そういうフリードも素敵よ!」
いつの間にか二人からは、ピンク色の雰囲気が漂う空間になっていた。
そして、そのまま”仲良し”が始まった。
その横でスヤスヤと眠るアルージェは、夢を見ていた。
VRと呼ばれる世界で、鍛冶をしている夢。
武器を作って、それを友人に使ってもらう。
使用感を聞いた後、調整してをまた使ってもらう。
それをただ繰り返す日々。
夢中に試行錯誤して、ただただ楽しかった。
そうして友人に最高の武器を作り、贈った。
そこで、アルージェは覚醒する。
閉じていた目を開けて、辺りを見回した。
外はすっかり暗くなり、隣には父さんと母さんが寝ていた。