小高い丘の上には、"大きな木"があった。
小高い丘の上は眺めも良く、子供たちの遊び場になっていた。
「アルー、早く来ないと置いて行っちゃうよー!」
活発な少女は光に当たるとオレンジに見える茶色い髪を、風で揺らしながら走る。
途中で後ろを振り向き、翠色の瞳で男の子を見据え、ブンブンと手を振りながら声を張り上げる。
「ちょっと待ってよ、シェリー!そんなに早く走ったら、僕ついていけないよ!」
少し離れたところには必死に少女の後をついて走るが追いつけずにいる、アルージェの姿があった。
今日四歳を迎えたアルージェは、幼馴染のシェリーと遊び場に向かっている。
遊び場は村の子ども達が集まり、よく遊んでいる場所でやっと遊び場に行く許可が出たのだ。
「男の子なんだからこれくらい平気でしょー?それよりもうすぐ着くよ!」
アルージェが少女に追いつくと、少女はまた走りだしていってしまった。
アルージェはシェリーに追いつくために、ずっと全力に近い速度で走ってきたので、既に息が上がっていた。
だが、シェリーはそんなことに構いもせずまた走り始める。
「シェリー!ちょっと待ってってばー!」
アルージェは走り出したシェリーを見て、慌てて走り始める。
丘を一番上まで登りきると、見えていた"大きな木"の全貌が明らかになる。
丘の下から見えていた"大きな木"は、ずっと離れた場所に見える、全長500mいやそれ以上はあろうかという大樹の先端だった。
アルージェは丘の一番上に立ち景色を一望する。
眺めは非常に良く、一面に森が広がっていた。
その中心には先程から見えていた樹がそびえ立っている。
「すごい!きれー!」
その光景をみたアルージェは初めて見る景色の美しさに目を輝かせた。
「アルは初めて見るんだっけ?ここ綺麗でしょ!村のみんなこの場所が好きなんだよ!
アルはまだ小さいから、参加したことないだろうけど、村のお祭りもここでやるんだから!」
そういってシェリーは、得意げに両手を腰に当て、胸を張るようなポーズで教えてくれた。
だが、アルージェは子ども扱いされたのが気に食わなかった。
口を尖らし、視線を下に落とし「シェリーだって2つしか変わらないじゃん」と呟く。
「でも、お姉ちゃんには変わらないでしょ!アルのお母さんにだってシェリーちゃんは、アルのお姉ちゃんみたいって言われたんだからね!」
シェリーはアルージェのお姉ちゃんという立場を気に入っているようだ。
「別に僕はお姉ちゃんなんて欲しくないもん!」
アルージェもシェリーがお姉ちゃんと言われていることに対してなんとも思っていない。
ただ、アルージェは恥ずかしくなって、シェリーに少し冷たいことを言ってしまう。
「ふーん、そうなんだー、でも私がお姉ちゃんなのには変わりないからね!」
シェリーは、特段気にした様子なかった。
アルージェが歩き始めた頃から一緒に居て、照れ隠しで言っていることが分かっているからだ。
「おうおうおう、シェリーじゃねぇか、そいつぁは誰だ?」
くるくるとした茶髪の天然パーマで口調から横柄な態度が分かる、この少年は村長の息子サイラス。
茶色の瞳でシェリーと仲良さそうにしている、アルージェを睨みつける。
「近所に住んでるアルージェよ、ほらアル挨拶は?」
シェリーは先ほどとは違い少し大人びた話し方をする。
「こ、こんにちはアルージェです」
シェリー以外の同年代と話すのは、初めてで緊張していた。
「なんだおめぇ、シェリーの後ろに隠れてないと挨拶もできねぇのか」
サイラスが声を荒げて、アルージェに迫る。
「サイラス! そんな言い方はやめてアルが怖がってるじゃない!」
サイラスの前にシェリーが立ちふさがる。
アルージェは突然のことで驚き、半歩下がってしまった。
「けっ、女に守ってもらわないと何もできねぇのかよ、シェリー、そんな奴ほっといてこっちで一緒に遊ぼうぜ!」
アルージェに毒づき、アルージェに興味が無くなったサイラスはサーシャを誘う。
「ごめんなさい、今日はアルと遊ぶって決めてるの!」
シェリーに断られると思っていなかった、サイラスは呆気にとられた。
そして我に返り、自分の思い通りに行かないことにイラつき、シェリーに怒鳴った。
「あっ? そんな奴のどこがいいんだよ?」
「私、今日はアルのお母さんにアルのこと任されてるから、今日はダメなの」
シェリー言葉を聞いた途端、サイラスがわざと足音を立てて、シェリーに近づく。
そのまま力強くシェリーの腕をつかみ、強引に連れていこうとした。
「やめて、痛い! 痛いからやめてよ!」
シェリーは痛みで声を上げた。
だがシェリーの声に構うことくなサイラスは強引に腕を引っ張る。
「や、やめろよ! シェリーが嫌って言ってるだろ!」
シェリーの後ろに隠れていたアルージェが、サイラスの腕を強引に引き離した。
「なんだぁ、お前ムカつくな!」
そう言って怒りを露わにするサイラスが、アルージェに殴りかかった。
アルージェは、無抵抗にサイラスの拳を顔に受ける。
「お前、雑魚いくせに生意気なんだよ!」
サイラスに無抵抗のまま殴られたアルージェは、勢いよく地面に倒れこんだ。
サイラスは続けて何度も何度も無抵抗のアルージェを殴る。
「サイラス!やめて!」
シェリーがサイラスとアルージェを引き剝がそうと間に割り込むが、サイラスは「うるせぇ」と怒鳴りシェリーを突き飛ばした。
地面に倒れているアルージェに跨り、次は顔を何度も殴り始める。
何度か殴ってアルージェが動かなくなったのを確認すると、
「二度と俺に生意気な口を利くんじゃねぇぞ、雑魚が!」とアルージェに向かって唾を吐く。
立ち上がりアルージェから離れて、シェリーの腕を掴む。
アルージェはヨタヨタと立ち上がり、サイラスの前にまた立ちふさがった。
「シェリーが嫌がってるだろ」
何度も殴られて力が入らないが、蚊の鳴くような声で抵抗の意思を告げた。
サイラスはアルージェがまだ反抗してくることに腹が立ち、拳を強く握り、アルージェを殴りつける。
「俺に逆らったこと後悔させてやるよ」
何とか立っていたアルージェを何度も殴り、地面に倒して何度も蹴りをいれた。
そしてもう一度動かなくなったことを確認すると、サイラスはまたシェリーを連れて立ち去ろうとする。
だがアルージェはまた立ち上がった。
「アルもうやめて!私は別にいいから!」
そう叫ぶシェリーはの目からは涙が流れていた。
アルージェが何度も殴られて、何度も蹴られているところを目の当たりにして、暴力が怖くなった。
だけど、それ以上にボロボロになっているアルージェを見たくなかった。
「よくない!」
アルージェが力強く叫ぶ。
「お、お前なんなんだよ!こんなことに本気になってうざいんだよ!」
サイラスは何度倒しても起き上がってくるアルージェに恐怖を覚え、仲間を引き連れて村に戻っていった。
サイラスが立ち去った時、限界を迎えアルージェが地面に倒れてしまう。
「アル!」
シェリーが駆け寄ってくる。
「何であんな無茶するの!私はお姉ちゃんなんだよ?あれくらいどうってことないのに!」
そう言ってアルージェの近くに寄って膝枕して、泣きながら顔をのぞき込む。
「シェリーが嫌がっているの、すごく嫌だった」
顔が腫れ、服もボロボロになったアルージェは無理やり体を起こして、シェリーに背を向けた。
「今日は帰る」
アルージェはそう言い残し、村に戻っていく。
「アル…」
シェリーはボロボロになってふらつくアルージェを支えようと近くに寄るが、
「来ないで!」とアルージェが拒否した。
アルージェは覚束ない足取りのまま村に戻っていった。
少し歩いたとこで、後ろを見てシェリーの姿が見えなくなっているのを確認して、さっと脇道に逸れる。
さっき起こったことが脳内で反芻していた。
シェリーにかっこ悪い所を見られてしまった、恥ずかしさ。
ただ無抵抗に殴られる、恐怖心。
そしてやり返すこともできなかった、自分の無力さ。
それらがグチャグチャに混ざり合って、心の制御が出来ず。
いつの間にか感情が涙となって溢れていた。