「よっしゃあ!! やっとできたぞ!」
男の手には優雅さや華やかさは全くないが、
使用者の使いやすさと敵を倒すことのみを追求して作られた無骨な刀が握られていた。
「これを親友のギフトボックスに送信してっと、よし!」
男は右下に視線を落とし時刻を確認する。
「ん?てか、もうこんな時間じゃん!明日から学校だ!やべぇ!早く寝ないと!」
人差し指を立てて何もない空間に、上から下に擦るような動作をすると、メニューが現れる。
その中からログアウトボタンを探して押下する。
視界が一瞬暗くなり目の前には、いつも見る天井が現れた。
装着していたゴーグル型の装置を外して、そばに置いてあるサイドテーブルの上に置く。
男はそのまま目を瞑り、欲求に素直に体を預けた。
時間を告げる音が「ピピピピッ」と無慈悲に鳴り響く。
「うるさいなぁ」
男は寝ている布団から手を伸ばして、力強く目覚まし時計を止める。
そのあと、すぐにまた布団の中に戻っていった。
~そして、数十分後~
「あぁ!寝過ごした!今日、絶対目覚まし鳴って無かったよな?はぁ、これは遅刻だ…」
男はため息をつく。
俺の名前は田中幸太郎、18歳。
親は俺が幸せになってほしいとこの名前をつけたらしい。
俺は学校がある日は7時に起き、7時半には家をでて7時45分の電車に乗る。
学校がある日は、これが俺のモーニングルーチンだ。
昨日までは夏休みで、そもそもルーチン自体がめちゃくちゃになっていた。
夏休みの間は、外に出ずにずっと家で今流行りのフルダイブ型のVRゲームをしていた。
そのおかげか肉体的な疲労は全く溜まっていなかった。
毎日毎日遅くまでゲームをしていて、昨夜は最後に時計を見た時4時半のは覚えている。
そして今日、9月1日!
目覚めると7時55分でルーチンとはかけ離れていたのだ。
これは間に合うか、間に合わないかの瀬戸際ではなく、完全にアウトだ。
仕方が無いので学校に連絡したら、担任の先生からは「気をつけて登校してください」とありがたい回答をもらえたので、とりあえずは一段落だ。
せっかくなのでいつものルーチンに合わせることにした。
朝食を食べ、顔を洗い、いつもより30分遅い8時25分に家を出た。
そもそもこの遅刻の原因になった、フルダイブ型のVRゲームだが初めは全然買うつもりもなかった。
世界的にかなり流行っているが、正直な話、機器が高い。
機器だけで25~30万円はする。
学生の俺には、手を出しづらいものだ。
そんな中、親友の親が運よく会社の飲み会でビンゴ大会をして当てたらしい。
すでに親友は一台持っていたので、破格の値段で売ってくれた。
親友には足を向けて眠ることは当分できないだろう。
売ってもらってからすぐにこのフルダイブ型VRゲームをやったのだが、
このゲームなんと自身の運動神経がキャラクターの動きやらなにやらに関係するらしい。
そのせいで俺はボスには全く勝てず、親友との差が開いていってしまった。
親友は「お前と一緒に出来て楽しいぜ!」と言ってくれていたが、俺のせいでボスを倒せないことが多々あって
早い段階で戦闘職から生産職へすぐに転換した。
転換後は色々な生産職を試したけど、鍛冶屋にドはまりした。
書籍やインターネットで、武器の事を調べまくって、寝食を忘れたこともあった。
武器の知識を増やしたことで、俺が作った武器はかなり使い勝手が良いものになっていたらしく、親友も喜んでくれてた。
「それにしても体が重てぇ」
この夏休みずっとゲームしかしていなかった俺は、体力がこんなに落ちているとは思わなかった。
しかも、何度も徹夜をしたりして俺の体がボロボロだ。
昨晩遅くまでVRゲームをしていたので、睡眠が不足しており、思考能力も落ちていた。
信号の色も判断できないくらいに。
「あぁ、やべぇ渡らないと」
信号は赤なのに、なぜか走って渡ろうとしてしまった。
中型のトラックが近づいていることにも気が付かずに…
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体が軽い。
さっきまで、『体重てぇ』とか思っていたのになんか不思議な感覚だ。
「あれ?俺何してたっけ?確かフルダイブ型VRゲームの事を考えながら、駅に向かっていたと思ったんだが」
気が付けば何かの列に並んでいた。
「あぁ、知らない間に改札通って電車の前まで来てたのか」
ふと違和感を覚えた。
これは何かがおかしい。
だが、何がおかしいかは説明できない。
「はーい、次早くこっち来てー」
緩い感じで列を整列している声が聞こえた。
それは俺に向かって発せられた言葉だと気づき返事した。
「あっ、すいません」
日本人なら、不意に出てしまうフレーズが出てしまった。
「ん?君、今、返事したかい?」
声のした方に視線を送ると、空のような青い瞳を持った、猫っ毛の金髪、年齢は10歳くらいだろうか?
その子が驚いた顔して立っていた。
「えぇ、まぁ、はい」
「んんん? おかしいな何でまだ話が出来る状態なんだろ。まぁいいかー、もうちょっとこっち来てもらえるかな?」
普段の俺なら警戒するが、相手も少年だしきっと悪い子はないだろうと指示に従った。
「田中幸太郎君か、ふ~ん、なるほどねぇ、なにこの死因!?今時そんなことあるぅ!?」
資料が挟まっているクリップボードで、机をバンバンと叩きながら笑い、資料をペラペラと捲っていた。
俺は特に何か話すこともないので、資料を見終わるまで待っていた。
「君って話せるんだよね?ならちょっとお茶しな~い?最近いい飲み物が入ったんだよ~」
笑いすぎて目から溢れていた涙を、着ていた質のよさそうな白い服で拭きながら、すごく軽い感じで提案された。
今がどういう状態なのかなんとなくわかってきたが、首を縦に振り、話をすることにした。
「ちょっと待ってねー」
どこからともなくテーブルとイスが現れて、飲み物とお菓子も出てきた。
少年は出した椅子に座った後、こちらを見て、隣の椅子を手でトントンと叩く。
どうやらあそこに座れということらしい。
少年は飲み物を口が膨らむほどストローで口に含んで、
ゴクンと全て飲み干す。
コップを机に置いた後で目を細めてニヤニヤしながら話しかけてくる。
「まず君は今どういう状況かわかってないよね~?」
「そうですねぇ、はっきりわかっていませんが、何となく周りを見て理解してきました。俺死んだんですよね?」
「そうだよー、赤信号なのに何故か急に走り出して、足をもつれさせて頭を打ってね」
その言葉を聞いた途端、全てを思い出した。
夏休み中VRゲームばかりしていて、体力も衰えていることを考慮していなかった。
信号がある横断歩道で急に走りだした、赤信号なのにも関わらず。
だが、この際それはどうでもいい。
急に走り出したせいで、体がついていけずに足をもつれさせて盛大に転んだ。
そのままコンクリートに頭を思いっきり打ってしまったんだった。
「くぅぅぅぅ!思い出すとめちゃくちゃ恥ずかしい死に方してるじゃん俺!」
幸太郎は自分の死にざまを思い出し悶絶する。
「あはははは!!ありえないよね!運動音痴すぎるでしょ!」
少年は口を押えて笑いをこらえようとするが、笑いが収まらない。
「ふふふ、トラックの運転手、めちゃくちゃ焦ってたよ~。君の前で何とかトラックは止まったみたいだけどね!」
「うがぁ! やめてくれぇ!やめてくれぇ!!」
そんな幸太郎の死に際の話をした後、普通に世間話をして盛り上がって、結構な時間が経っていた。
少年はどうやら神様らしく、話してみると結構苦労してるみたいだ。
初めは主神が子ども扱いして僕をいじめるとか、本当はもっと遊ぶ時間が欲しいとか愚痴を聞かされた。
神様は仕事が忙しくてあんまり人と話す時間がないらしい。
愚痴を結構な時間話してたけど満足したのか俺に対しても色々と話を振ってきた。
人間界の話が珍しいようで、俺が質問に答えると、笑ったり、驚いたりと表情豊かだった。
「あはははは!いやぁ、田中幸太郎君!ほんといい性格してるねぇ。初めて彼女が出来た時に渡したプレゼントの話なんて、何回思い出しても笑えるよ~」
神様がちらりと机の上に置いてあった、砂時計を見る。
「あっ!ちょっと待って!話し込み過ぎたじゃん!まーた、仕事が滞ってるとか小言、言われるなぁ」
「はぁ」と神様はため息をつくが「まぁ、息抜きも必要だしいいか」開き直る。
話してみて分かったんだけどこの神様はかなりいい加減みたいだ。
少年の様な見た目だけど子供ではないんだろう。
「んで、話変わるけどさ、田中幸太郎君は異世界転生って興味ある?」
日常生活ではあまり使われることのないフレーズを思わず聞き返してしまった。
「異世界転生ですか?」
「そうそう、最近地球で流行ってるらしいじゃん。異世界に行ってなんかすごい力を持って生まれてくるか、チート能力持って、何故かハーレム作っちゃうあれだよ」
確かに聞いたことがあった。
地球でというより日本での間違いだろうが、チート能力を神様から授かって、剣と魔法のファンタジー世界で自分のやりたい放題する。
そしてなんやかんやでハーレムを作って、
適当に世界を救ってヤッホイするやつである。
「聞いたことありますが、フィクションですよね?」
「んー、フィクションだけど僕の力でなら生まれ変わるってところはノンフィクションにできるよ?」
ここから少し神様がやっている仕事について教えてくれた。
人が死んだら魂だけがここに集まってくる。
集められた魂は、神様の力で経験も体験も知識も真っ白にされるようだ。
真っ白にした後で別の世界に流すか、そのまま同じ世界に流すかその時の状況で変えるらしい。
「んでここからが本題!今地球じゃない世界を管理してる神がさ、そろそろ人を増やしたいから魂を多めに流してくれって言ってるんだよね。
そいつ、いつも僕のことを子ども扱いしてきてあんまり好きじゃないから、そのまま何もなく従うのってなんか癪でさー」
神様は「んー、んー」と何かを必死に考えている。
「なーんか仕返ししてやろうかと思ってたんだけど僕ができることなんてたかが知れてるわけよ、僕強くないしね」
そして、神様は「いいこと思いついた」とニヤリと口元を歪ませる。
「幸太郎君の記憶を初期化しないで、一時的に消してそのままあいつのとこに流しちゃおう!
んで、少し成長したら僕が幸太郎の記憶元に戻そう!
絶対面白いじゃん!資料見る感じ、犯罪とかそういうこともしてないみたいだし、まだ若いしもったいないじゃん?もっと遊びたかったでしょ?」
確かに俺はまだ高校生だし、お、お、お、大人の階段を上ってない!
だけど、それよりも、もっと重要なことがある。
まだ、俺は全て武器と出会っていない。
それに作る時もVRゲームで実際に生産するより、簡易化された工程を
インターフェイスに表示される順番にタイミングを合わせて生産していただけだ。
多分、短い俺の人生で一番情熱注いだものは、VRゲームでの武器作成だと思う。
いや違うか、いい武器を作りたい一心で武器の知識を寝る時間も惜しんで調べたことだと思う。
「確かにそうかもしれない」
幸太郎はうつむき拳を握る。
「よーし!そうと決まれば、ささっと異世界転生しちゃおうか!」
神様はかなり乗り気のようだ。
「っと、その前に、その飲み物全部のんじゃってー!せっかく入れたのにもったいないし!」
机に置いていた飲み物や食べ物を早く食べるように急かす。
「お、おう」
テーブルの上に置かれていた飲み物を勢いよく飲み干し、飲み物の入っていた容器をテーブルの上に戻した。
「なんか初めて飲む味だけどおいしかったです!ご馳走様」
幸太郎は手を合わせる。
「はーい、お粗末様でした。っと、んじゃ、時間も惜しいしささっと行っちゃおう!
次会った時も覚えてくれてると嬉しいな~またねー」
そこで、俺は急に頭が重くなるのを感じ瞼を閉じていった。
消えゆく意識の中で、最後に見たものは少年が笑顔で手を振っていた姿だった。
幸太郎の意識がなくなったのを確認した神様は、仕事机の方へ向かう。
「よーし、お仕事の続きしよーっと、久々にいっぱい人と話せて楽しかったなぁ。何千年ぶりだっけなぁ」
と上機嫌だったが、ふと我に返る。
「あぁ!注意事項伝えるの忘れてた!まぁいいか!」
「テヘッ」と舌を出して、頭に握りこぶしを置く。
†地球ではないどこかの星†
「あぁあぁああぁぁぁぁぁぁ!いたいぃいいぃいいい」
「しっかりしな!サーシャ!もうちょっとで母親になるんだよ!こんなとこでへばってどうするんだい!」
炎のように赤い緋色の髪と目を持ち、透き通るような白い肌をもった女性を助産師はサーシャと呼んでいた。
サーシャは全身汗ばみ顔を赤くして、痛みに耐えるように叫んでいた。
「んんんんんんんんんっ!フリードォォォ!」
痛みに耐えるように、隣にいる男性に助けを求める。
フリードと呼ばれた紺碧色の髪と瞳を持つ男性は、何もできずにただサーシャの手を握る。
そして「サーシャ頑張ってくれ!!」と手を包むように握り、祈るような仕草を何度も何度も繰り返して励ましている。
「ほら、もう少しだよあとちょっとだ!頭が出てるよ!」
助産師がサーシャを励ますように叫ぶ。
「んんんんんんんんんんん」
サーシャは何度も何度もいきむ。
そして、いきなり少し落ち着きを取り戻す。
フリードはサーシャが心配になり、顔をのぞき込むと下半身の方から
「おぎゃああああ あぎゃああああああ!」と泣き声が聞こえる。
「サーシャ よく頑張ったね!元気な男の子だよ!」
そういって助産師が産まれてきた赤子を抱き、サーシャに見せた。
「サーシャ! よくやった!ありがとう! サーシャ!」
フリードは産まれてきた赤子を見て、喜色満面の笑みを浮かべ歓喜している。
「名前は何にするかもう決めてるのかい?」
助産師がサーシャとフリードに尋ねる。
フリードは生まれた子を見ながら
「男の子だから前から決めていた通り、アルージェと名付けます」と言う。
「アルージェかい、いい名前だね、大切にするんだよ!」
助産師がそう言うと、二人は「はい!」と笑顔で声を揃えて答えた。
アルージェと名付けられた赤子は、
母親と同じように緋色の髪を持ち父親のように紺碧色で海のような色の目を持って生まれた。
†アルージェが先ほどまでいた神の世界†
映像を立体的に表示する装置から、先ほどのアルージェが産まれた映像が流れていた。
ポップコーンのようなお菓子を食べ、
底からシュワシュワと気泡が上がる炭酸ジュースのようなものを飲みながら、ソファ座りその映像を視聴している少年が居た。
そして無事に生まれた瞬間、
「おぉ!生まれたよ!やったぁ!しかも、ちゃんと効いてるじゃん!!」
少年はソファから立ち上がり、両手を上げ、ぴょんぴょんと跳ねて喜んでいた。
「いやぁ、ほんとよかったぁ!あっちの世界では地球と違って、妊娠しても無事に産まれる確率が低いんだよねぇ。
まぁ、無事じゃなくても、今回は僕が贔屓して、問題なく産まれるようにしてたけどさぁ、自然に出てくるのが一番に決まってるしね」
ソファに戻り、サイドテーブルに置いていたお菓子をパクパクと口に運んでいる。
「これから君がどんな人生を歩むか僕にはわからないけど、何か面白いことをしてくれることを期待してるよ!
フフフッ、よーし!無事産まれたことだし、休憩終わり!」
そう言ってソファから降りて、仕事机の方へ向かっていった。