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第22話 クーレル

 セオドアのおすすめのカフェはとても美味しくて彼との会話も楽しく、家に帰ってきた事が悲しくなった。


 馬車を降り、ひとりになった私はあっという間に現実に戻った気分だった。


 いつも誰も出迎えてはくれない。


 特に王城から遅く帰ってきたときは、皆が談笑している声が聞こえてきて耳をふさぐようにして部屋に戻っていた。

 こんな状態で何故いつか愛されると思ったのだろう。


 私はがらんとしたホールに佇み、単純に疑問に思った。


 部屋に戻ると、ぱたぱたとメイドのクーレルが入ってくる。

 耳がぺたんこだ。

 彼女は私の事を着替えさせ温かなお茶を淹れてくれると、意を決したようにわたしの事を見つめた。


「マリーシャ様……この家を出るって本当ですか?」


「ええ。今日、婚約予定であるセオドア様と話したのだけれど、すぐになるかもしれないわ。準備が大変だろうけど、よろしくね」


 私は頷いた。

 婚約者としてガランドに行くならば、準備するものは多いはずで申し訳なくなる。


「……あの、マリーシャ様、答えなくてもいいのですが、ガランド公爵は、どんな方でしたか?」


 心配そうに手をいじりながら、クーレルが聞いてくる。もしかしたら他のメイドから、セオドアについて聞いているのかもしれない。


 少なくとも義母と義妹のメイドからは、二人から言われたような話を散々聞かされただろう。彼女が不安になるのは当然だ。


 私は安心させるように微笑んだ。


「そうね。醜聞は多いらしいけれど、私のことは尊重してくれそうよ」


「……そんな醜聞がある方との結婚は、マリーシャ様はつらくないですか?」


「それについては本当じゃないって本人は言っているし、私はセオドア様がそう言うならそれでいいわ」


 セオドアは醜聞をどうにかする気はなさそうだった。でも、彼は噂とは違う人だというのは、わかっている。


「それは、信じているってことですか?」


「うーん……」


 クーレルの質問は難しい。信じている、という風には思えないし思いたくない。


 騙されやすい私が、口に出すことで余計にそう思い込んでしまいそうで。口に出したらあっという間に彼を信じて頼ってしまいそうな自分がこわい。


 これから自立するために、セオドアとは対等な距離を保つのだ。


「私達は、お互いの利害が一致しているわ」


 そう、これが正解だ。

 正解を出したはずなのに、クーレルは目を潤ませた。


「どうしてマリーシャ様が、ガランドに行かなければいけないのでしょう……」


「ガランドは、噂よりもきっと悪いところじゃないわ。大丈夫よ」


 肩を震わせるクーレルの身体をそっと撫でる。


「マリーシャ様……どうして、どうしてハインリヒ様はあんなこと……? あんなに頑張っていたマリーシャ様と別れてすぐにカノリア様とだなんて、酷すぎます……!」


 喋りながらみるみるとクーレルの瞳から涙がこぼれる。


「クーレル……」


「マリーシャ様にはガランド公爵様と結婚だなんて……そんな」


 二人の婚約話を聞いたのだろう。メイド同士であれば、面白おかしく話されたはずだ。セオドアの悪口もたくさん言われただろう。


 カノリアだからこそ、正式な婚約者として迎え入れられたと。

 魔力が多いだけの出来が悪い姉は、醜聞だらけの公爵に嫁に出すと出も言われたのかもしれない。


 そのことにはもう、心が動くことはなかった。でも、目の前で泣いてくれるクーレルの気持ちは嬉しく、心が温かくなる。


 ちょっと硬い白色の髪の毛を、そっと撫でる。


「ありがとう、クーレル。ねえ、私これでよかったと思っているのよ。セオドア様は……いい人よ。クーレルもきっと気に入ると思っている。ガランド領は獣人もいるみたいだし、きっと今よりは居心地もいいと思うの」


 私の言葉に、クーレルははっと顔を上げた。


「あの、あのもしかして私も一緒にいけるのですか……?」


 彼女の震える声に、私は当然だと思っていたことが伝わっていないことを悟った。


「そうよ! 私の専属メイドだったから、当然ついてきてもらえると思ってしまっていたわ。ごめんなさい、あなたの意思を確認していなかったわ」


「そんなマリーシャ様! 謝らないでください。……でも、本当に?」


「本当よ。……あなたが付いてきてくれると、心強いわ」


 私がクーレルの手をぎゅっと握ると、彼女は嬉しそうに笑ってぽろぽろと涙が零した。


 一人置いていかれると思っていたとわかり、本当に申し訳ない気持ちになる。


「こんな所にクーレルを一人置いていくはずがないわ」


「マリーシャ様と出会ったあの日から、私はマリーシャ様と一緒にいたいと思っています。ガランド領に行っても、マリーシャ様を護ります、必ずです。……私は獣人ですが」


「ありがとう。獣人だなんて事、関係ない。私にとって、あなたが居るのが本当に救いだわ。本当よ。ずっと、心強かった……」


 そっと抱き寄せた彼女はふわふわとしていて温かで、もしセオドアの元を離れる時が来ても、必ず彼女が幸せになれるようにしようと思った。


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