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第9話 セオドアの状態

「……マリーシャです、セオドア様。とりあえずその辺は後にして、ベッドに寝てください」


「私の婚約者様は名前まで可愛いな。マリーシャの言うとおりに」


「えええ名前を知らないんですか?! それなのにこんな所まで連れてきて婚約者とか、本当に一体何なんですかもう! 本当に信用できるんですか」


 ラジュールが怒りながら私からセオドアを受け取ってベッドルームに連れていく。その手は言葉とは裏腹に優しく慎重だ。


 セオドアは重かったので、こっそり魔術で軽量化をかけていた。ばれる前に変わってもらえて助かった。


 そのままベッドに横になったセオドアは、見るからに具合が悪そうだった。汗がにじみ髪の毛が肌に張り付いている。


 その髪の毛をそっと整えていると、セオドアが私に囁いた。


「そう優しくされるのも嬉しいな。魔術で運んでもらうのも気分は良かったけれど」

「!!!! ……使ってませんけど」


「はは、婚約者様がそう言うならそれでいいけど」


 隠蔽を使っていたのに魔術を使ったのがばれている。どうやらセオドアはかなり魔術に長けているようだ。

 油断した。


 それに、婚約するにあたって魔術が使えないと言わなければならなかった事にも気が付いた。貴族であればかなりのマイナスになるはずだ。これで婚約破棄になったのに。


 自分の馬鹿さにあきれてしまう。


 でももう、ここまで来てしまった。今言うのも変だし、問題は先延ばしにすることにする。

 私は全く何の事だかわからないという顔をしながら、ベッドの横に腰かけた。


「先ほども言いましたが解呪は出来ません」


「わかっている」


「それならば、はじめます。ちょっと痛いかもしれませんが、我慢してください」


「了解だ。……マリーシャ、手を握っていてくれるか?」


 急に声を潜められて、動揺してしまう。秘密の事を話すように伝えられ、なんだかとても親密になったような気にさせられる。


「こ……心細いんですか」


 照れてしまう自分を誤魔化すようにからかうと、セオドアはにやりと笑った。


「そうなんだ。心が弱いので手を繋いでいてくれ」


 逆に痛い目にあってしまった。


 負けを感じながらも、顔色も悪く息も荒いセオドアを早く楽にしてあげたくて、えいやと手を握った。

 おおきい手は、ひんやりと冷たく魔力が波打っている。先程よりも呪いが進行しているのが分かった。


 きっとかなりつらいだろう。


「こんな時にふざけてばっかりだなんて」


「楽しい方がいいだろう? マリーシャの笑顔も見れて嬉しい」


 ……なんだか、ずるい。


 セオドアは絶対に具合が悪いのに、深刻な雰囲気にならないように気を使ってくれているのだろう。


「まだ知り合ったばっかりのセオドア様に言われても。あと勝手に呼び捨てですわ」


「婚約者だから、いいだろう? ……この呪いはかなり強力だ。少しでも時間がかせげれば、それでいい。伝手はなくはないから」


「それこそずるいですわ……。でも、ラジュール様の反応が普通ですわ。どうして私の事をそのまま信じたんですか」


 一歩間違えばこのまま死ぬのだ。私は解けると自信を持っていたから取引だと思えたが、彼からすれば眉唾すぎる話だったはずだ。

 今更ながら、セオドアの非常識に気が付いた。


「あのまま一回は死ぬと思ったし、覚悟した。だから、運命だと思ったんだ。マリーシャを信じると決めた。だから心配しないでくれ。俺は君を裏切らない」


 私が誰も信じないという事を知っているかのようなセオドアの言葉に、涙が出そうになる。


 ……でも、私はあなたを信じない。


 その言葉を飲み込んで、私は彼の胸をそっと叩いた。


「……もう。はじめますね。痛かったら手を強く握っていいですから」


「許可が出るなんて嬉しいな」


 何故か甘やかすような彼の言葉に惑わされそうだ。

 私は片手でセオドアの手を握り、もう片方の手は彼の胸の位置に置いた。


「……解呪魔術ではないのか?」


 ラジュールが不審な顔で覗いてくる。今にも私がやる事を止めたそうだ。私の事が信じられないのだろう。当然だ。


 ……こんな風に、私に任せているセオドアが変なのだ。


 解呪魔術は使えるけれど、もう婚約破棄を望んでいる私は魔術を誰にも見せたくない。ハインリヒや家族にも伝わったら困る。


 さっきは軽量化の魔術を見られたけど、それは忘れよう。


 なので、解呪はしない。

 契約通り、力業で遅らせるだけだ。


「魔術は使いません。でも、約束はちゃんと守りますよ」


「俺はマリーシャを信じている。ラジュールは下がっていろ」


「わかりました」


「……では」


 私はセオドアに向かってゆっくりと魔力を流した。

 魔力はセオドアの身体に広がっていく。他の人の魔力が通ることは苦痛が伴うはずなのに、セオドアは眉をひそめただけで、それ以上の反応はなかった。


「……」


 ラジュールが、私の動きを警戒して見張っている。


 しかし、もう魔力は流している。それに、この体勢自体がセオドアの生殺与奪の権を握っているようなものだ。


「もっと流します。凄く痛いと思うのですが、手を握っていいのでどうにか耐えてください」


 私の魔力がセオドアの全身に広がったのを感じてから、そうささやく。自分の魔力が広がったことで、セオドアの状況がはっきりとわかる。


 セオドアの呪いは全身に広がってきている。思ったよりずっと進行が速い。


 この状態で、私以外に助けも呼ばずに軽口をたたいているなんて。このまま放置すれば一時間もたたずに手遅れだ。


 ……そんな風に信じて、死んじゃったらどうするのよ。助けるけど。



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