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23.旅立ち


 眩しい日差しと、柔らかな吐息の音に目を覚ます。

 隣を見ると、朝日に包まれた天使が眠っていた。


 ここが天国だとしても、俺の生涯に一片の悔いはない。このまま俺を昇天させてくれ。


 だが、キレイな寝顔を無防備に晒し、枕に顔をうずめているのは紛れもなくノアだ。天国ではなく、ここは現実。


 陽に照らされた銀の髪がシャンデリアのように煌めいて美しい。つい手を伸ばし、その髪を撫でてしまった。涼やかな見た目と違い、ノアの体温がとても温かい。


 昨日、俺はノアとその……そういう、アレだったわけだ。

 童貞が見せた夢かと思ってしまいそうだが、身体に残る心地よい気怠さが現実だと物語っている。


 前世からコンプレックスだった童貞を、今まで守り続けてきてよかった。すべてはこの日のために、ノアに捧げるためだったに違いない。


「ん……」


 天使が隠していたアメジストをゆっくりと開いていく。

 その眩しい瞳を、俺だけのために向けてくれる。


「おはようございます、フレディ」

「お、おはよう。ノア」


 寝起きのノアもなんて可愛いんだろう。こんな天使が一晩中俺の腕の中にいたかと思うと、幸せに打ち震える。


 抱きしめようと腕を伸ばしたが、するりと抜け出されてしまった。

 その透き通るような肌も、あっという間にするすると服に隠されてしまう。


「ここは食事が出ないそうなので、少し早く出て朝食を摂れる場所を探しましょう」


 背を向けたまま、ノアが窓を開けに行った。


 なんだか素っ気ない気がするのは気のせいだろうか。初夜の後というのはこんなものなのか?

 もっとこう……おはようのキスしたり、甘くじゃれあったり、「昨日は良かったですね」みたいな話を……童貞の妄想だろうか。


「ノア」

「なんです?」


 素っ気ない。声色も硬い気がする。


「なんか怒ってる?」

「怒ってなどいませんよ」


 いや、絶対なんか変だ。怒っていないにしても、拗ねているというか、不機嫌だ。


 まさか、俺とのセックスが気持ちよくなかった? 下手くそ過ぎて幻滅したか、それとも痛かったとか。

 頭に血が上っていた俺に、恥ずかしがっている「いや」と本当の「嫌」は聞き分けられない。


「ノア! ごめん!」


 ズボンを引き上げながらベッドを飛び出る。腕を掴むと、ノアが驚いて振り返った。


「俺、興奮しててお前が本当に嫌がってるとか痛がってるとか全然考えられなくて、テクニックとか何にもないしめちゃくちゃにヤりすぎて」

「待って、フレディ。落ち着いてください」


 慌てた様子でノアに宥められ、なんとか平静を取り戻す。


「何を言っているんです? 昨日はよかったですよ、とっても」

「俺のセックスが下手だったから怒ってるんじゃないのか?」

「違いますよ。怒ってなどいないと言ったでしょう」


 じゃあ一体なんだと言うんだ?

 首を傾げた俺に、ノアが言いづらそうに顔を背けた。


「あなたが初めてだと言っていたから、僕が気持ちよくして差し上げようと思っていたんです。最後までリードするつもりだったのに、あんな風に押し倒されて、僕の方が先にイッてしまうなんて」

「嫌だったのか?」

「そうじゃありません。ただ、最後まで理性を保てなかったのは初めてだったので……恥ずかしいんですよ」


 よく見ると、ノアの白い頬がほんのりとピンクになっている。


「やっぱり、違うんですね。本当に愛しい方と、その、するというのは」


 口元を手で隠し、耳まで赤く染まっている。

 間抜けにも、ぽかんとその姿を見つめてしまった。


「あんなに乱れてしまって、フレディの方こそ嫌ではありませんでしたか? 幻滅したでしょう?」

「するわけないだろ。すごく可愛かった。あんなに感じてくれて、乱れた姿もキレイで」

「やめてください! ああもう、こんなつもりじゃなかったのに」


 そう言って、また背を向けてしまう。

 屋敷を出るときも、頭を撫でてやったら恥ずかしがっていたな。意外とそういうのに弱いのかもしれない。


 俺よりよほど経験豊富で、肝が据わってるノアでも、そんな反応をしてくれることがあるのか。

 それもきっと、俺の前でだけ。


「ノア」


 後ろから抱きしめると、ぴくんとノアが動いた。

 その銀の髪にキスを落とす。


「可愛い」

「やめてください」

「なんで?」

「恥ずかしいと言ったでしょう」

「もっと恥ずかしがってるとこ、見たい」

「結構イジワルなんですね」


 腕の中でノアがくるりと反転したと思ったら、ついばむようなキスをされた。

 不意を突かれて固まっている間に、ノアが逃げ出していく。


「まだキスだけで固まっているのに、僕にイジワルしようなんて100年早いですよ」


 ふふん、と勝ち誇ったように天使が小悪魔な笑みを浮かべた。それが眩いくらいに、輝いて見える。


 俺がこの世界に転生した意味があるとすれば、ノアに出会うためだったのかもしれない。

 前世も今世も、ノアに出会うためにあったんだ。


 身支度を整え、ノアが竪琴のケースを抱えた。


「行きましょうか」


 取られた手を、強く握り返す。


「必ずお前を、国一番の吟遊詩人にしてやるからな」

「楽しみにしていますよ。僕のパトロンさん」


 いつかこの朝日にも負けないスポットライトの下で、ノアを輝かせて見せる。

 それが俺の、生まれてきた意味だと思うから。 


To be continued...



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