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20.ナイフ


 啖呵を切って出て行ったくせに、ノコノコ帰ってきた俺にアレク兄上は何も言わなかった。

 結局外出禁止は続いたが、もう自分から出る気もない。


 暗い部屋でベッドに沈み込み、ぼんやりと天井を見上げていると目を開けているのか閉じているのかもわからなくなる。


 前にもこんなことがあった気がする。

 騎士の訓練について行けず、勉学もできない。そんなていたらくをアレク兄上に怒られ、リュシアン兄さんからは励まされ、どちらにしろ責められているようにしか感じなかった。


 周りの貴族や庶民からは、のんきに引きこもってダラダラ贅沢暮らしをしていると思われた。

 傍から見ればそうだろうが、俺に1日たりとも安息の日などない。ずっと誰かに責められているようで、ずっと自分を責めていた。


 ふと思い出し、ベッドサイドの引き出しを開けた。

 隠すように仕舞っていた奥底に、ナイフがある。前世の記憶が蘇る直前、握っていたナイフだ。


 手に取り僅かに鞘から抜くと、ギラリと銀色に輝く刃が覗く。


 俺は、これで死のうと思っていた。


 あの日が初めてじゃなかった。

 何度も俺の顔を見にやって来て、慰めと励ましの言葉をかけ続ける兄さんが腹立たしかった。俺にとって、輝かしい前向きな言葉はなによりも凶器だ。


 だから目の前で自殺未遂をした。今でも手首には、治りきらない無数の傷跡が残っている。


 それから、兄さんはまるで腫れ物に触るように接してくるようになった。

 頻繁に励まされるよりはずっとマシだ。せいせいした。


 けどある日、兄上と兄さんが俺のことを話しているのを聞いてしまった。内容は聞き取れなかったが、俺のことで口論をしていたのは確実だ。


 そしてまた死のうとした。今度こそ本当に。


「フレディ? 起きているかい?」


 扉越しに兄さんの声が聞こえる。


「ノーマンが連絡をしてきてくれてね。少し私と話をしないか?」


 ナイフに映る俺が、俺を見つめていた。


 兄上も兄さんも、貴族も庶民も全員敵だと思っていた。

 だから兄さんの言葉も素直に受け止めることができなかった。


 俺の様子を見に来るのも、兄としての義務だろうと思っていた。優しい言葉の裏で、引きこもってばかりの俺を責めているに違いないと。


 けど――


「エッグタルトを買ってきたんだ。一緒に食べよう」


 エッグタルトは、子供の頃好きだったおやつだ。

 今は別に、特別好きなわけではないけれど。


 ナイフをカチンと鞘に収め、もう一度それを引き出しの奥深くに押し込んだ。


 扉を開けると、兄さんが安堵の表情を浮かべた。


「そのエッグタルト、おいしい?」

「あ、ああ。村の牧場で作られたものだから、とてもおいしいと評判だよ」


 この穏やかな兄さんを何度も狼狽させ、困らせる奴なんて俺くらいしかいないだろう。


「ありがとう、兄さん」


 その微笑みは、子供の頃と何も変わらなかった。



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