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第81話「四神の型」

「――ンだ、そりゃあ……」


 片手を地面につき、身体をすれすれまで屈める体勢を取ったフォウの姿を見て。


「……っく」


 バルドは小さく息を飲んだ。


 普段であれば、なんだそれは面白そうだと勢い任せに突っ込んでいっただろうバルドは無自覚にも初めて相手を観察し始めた。


 ミスティアスは剣の形状を取っていたはずだが、今は正面に立つバルドから見えないようフォウが自分の身体に隠すよう後ろ手に構えられていて、今どちらの形状なのかは定かではない。


 元々小柄なフォウの身体が、地面に伏せられていることで余計に小さく見える。


「だってェのに……!」


 バルドにはフォウの取った構えが、限界ギリギリにまで引き絞られた弓のように感じられた。


 一瞬でも目を反らせば、穿ちぬかれる。


 そう確信できてしまうほどの圧力、雰囲気がそこにはあった。


「――来ないの、ですか?」


「っ!」


 赤い前髪で隠れて見えないその奥で煌めくのは挑発混じりの瞳だろう。


 この程度で臆するなら最初から喧嘩なんて売ってくるな。


 そう言っているように聞こえた。

 聞こえたからバルドは。


「おおおおおっ――」


「バカは単純でやりやすい」


 思考を怒りで染めて一歩踏み出そうとした。

 踏み出そうとした瞬間に。


「おあっ!?」


 視界の下、フォウの身体、更にその下から分割されたミスティアスの刃が奔ってきた。


「な、ん――」


 無理やり前に行こうとした勢いを殺せば、ミスティアスの刃はバルドの顎先を掠め。


「まだですよ」


 いつの間にか跳躍していたフォウに引っ張られるように再び剣へと結合される。


 ――チャンスだ。


 空中に飛んだフォウを見て、好機であると悟ったバルドは改めて間合いを詰めるべく前へと進もうとして。


「う、お……?」


 たたらを踏んだ。


 顎先を掠められたことで、脳が揺れ身体が信号を受け付けない。


 狙い通り? だと言うなら精密すぎる。

 どちらにしても、バルドは大きく隙を見せた。

 如何に鍛えられた身体を持っていても、中身を鍛えることなどできない。


 ましてや意識外からの攻撃だ。

 伏せた体勢とは下段に構えたと言うこと。

 下段の更に下なんて、予想外もいいところ。


「ふっ――」


 飛んだフォウは近場の瓦礫を足場に、上空からバルドへと飛び込む。


 フォウの身体だ、見た目通り筋力はない。

 バルドやフォウルであれば何をせずとも可能であったかもしれないが、今はこっそり魔法による支援を自分に施しながら。


「くそっ!」


 落下の速度も加味された重い一撃が来ると、笑う膝を堪えて木刀を前に構えるバルドだったが。


「――ぉあっ!?」


 衝撃が来るだろうその瞬間に、ミスティアスの刃は再び分割されて。


「足元失礼します」


「づぁっ!」


 すり抜けるように背後へ着地したフォウの足払いがバルドの脚を捉えた。


「っ!!」


 衝撃を感じながらま開いたままの目で。


「終わりです」


「――」


 分割されたミスティアスの刃が、バルドの顔面目掛けて襲い掛かり。


 ざくり、と。


「……」


 バルドの顔横数ミリの地面を穿ちぬいた。




「とどめ、ささネェのか」


「何故ですか?」


「オレは、てめぇを殺そうとしたんだゼ?」


「わたしは、この通りピンピンしていますが」


 健在ぶりをアピールすべくフォウはぴょんぴょんと軽くジャンプする。


 一緒に胸もばるんばるんと揺れたが、クリエラが選んだ下着のおかげか痛みを感じることもない。


 バルドに撃ち抜かれた太ももにしても、四神の構えを取った時にこっそりと治癒魔法を施し問題ない。


「そうじゃネェ、オレを殺さネェ理由がないだろうがよ。ここで見逃して、また襲われるとか考えネェのかよ」


「また返り討ちにすればいいだけの話でしょう。生憎と、意味のない殺しは好きじゃないのです。これでも一応、神道にいたこともあるもので」


「は……物騒なシスターもいたもんだ」


「シスターのほとんどがそういう人間ですよ」


 とはいうものの、仮にこれがバルドでなければ処理していた可能性は十分にある。

 もともとフリーストの人間に背後はないと考えていたところだ、自衛目的に処理してしまっても問題ないのだから。


「……オレは、よえぇか」


「はい。少なくとも、わたしよりは」


 バルドがどうしてここにいるのかフォウルにはわからない。

 そして、その部分を暴こうとも思わない。


 ただただ、フォウルにとってはいい機会だったと言うだけの話だった。


 リハーサルのようなものだ。

 フォウとして戦う時、どれだけバルドと戦えるのかは気になるところだったし。

 バルドの四獣の型をフォウルとバルドで昇華させた、四神の型をいつかどこかで披露したいとは考えていたのだ。


「ですが、そうですね。また戦いたいと思いました。あえてあなたを生かしている理由があるとすれば、そんなところでしょうか」


「……」


「あなたがどうしてわたしを襲ってきたのかに興味はありません。フリーストはそういう場所らしいですし。ただまぁ、不意打ちは勘弁してください、わたしは闘士です。再戦を望むのであれば闘技場でお願いします。あなたなら、そう時間はかからずわたしと戦う資格くらいは手に入れられるでしょう? では」


 そう言って。


「はぁ……参った、ナァ」


 バルドの呟きを背に、フォウはその場を後にした。

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