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第80話「フォウとフォウルの違い」

「っしゃアァッ!」


「っ……」


 男と女の違いをようやく肌で感じることができたと言えるだろう。


「ハッ!! なんだなんダ!? 随分怯え腰じゃネェかっ!!」


 四獣の型で襲い掛かってくるバルドから必要以上に距離を取るフォウは、バルドの言う通り怯え腰だった。


「くっ、氷壁アイシクルウォール!!」


「しゃらくセェッ!!」


 フォウとバルドの間に氷の壁が生まれるが、バルドの力任せな一撃によって粉々になる。


 単純に、フォウとして見たバルドの姿が一回り大きいと感じたのだ。

 触れたら弾き飛ばされる、この細腕では受け止めきれないと本能で察した。


「おラァッ!!」


「こ、のっ……!」


 故に一歩踏み込めない、どうしても安全マージンを取ろうとしてしまう。


 精神は、フォウルだ、ひいては男だ。

 しかし、どうしてもこの問答無用と突っ込んでくるバルドへと恐怖を消すことができない。


「ハッ! 痛くも痒くもネェなぁ!!」


 バルドの間合いから逃れ、ミスティアスで一方的な攻撃をとミスティアスを振るうが残念ながらまだ刃は潰れたまま。

 殺傷能力も低ければ、開き直って打撃武器として扱うにしても強度と重さがたりない。


 それでも多少では済まないダメージを無視してバルドは突っ込んでくる。


 あるいはフォウルがミスティアスを操ったのなら止められただろう勢いを、殺すことができない。


 ――こんなに、違うものだったか。


 バルドのしっちゃかめっちゃかに見えてその実、極めて理にかなっている剣戟を躱しながらフォウルは思う。


 フォウルに比べてフォウは小さい。

 身長にしても体重にしても、一回りどころではなく小さいのだ。

 当然身についている筋肉から出力できる力は少ない。


 今までの相手、あるいは魔物であれば技量のみで完封できた。


 しかし。


「そこだろォ!!」


「ぐっ!?」


 ついにバルドの木刀がフォウの右太ももを捕らえた。


 重心移動で軸足にした側の脚だ、避けようがないしダメージを逃すこともできない。


「へっへっへ。あっけ、ねぇナァ? アイヴィー・プリンセス。んだかよ、拍子抜けしちまったゼ?」


「……不意打ちしてきておいて、随分な言い草ですね」


「はぁ? ここは、そういうトコだろ? お門違いにもほどがあんゼ」


「それも、そうですか」


 追い詰めるには絶好の機会だと言うのにそこでバルドは一旦止まった。むしろ自分から距離を取った。


 ――読まれてる、か。


 フォウは右手に集めていた魔力を霧散させ、カウンターを諦めた。


 異様と言っていい嗅覚だろう。

 勝負の決め時はここじゃないと、バルドは直感したのだ。


 まだ、続きがあると。


「そんな目で見んなヨ。滾ってくンじゃ、ネェか」


「それは、失礼しました。思うようにヤらせて貰えなかったもので」


「はっ! おれぁ独りよがり大好きなもんでナァ……? 自分さえ気持ち良ければ、イイのよ」


「やれやれ、もう少し相手を愉しませてこそですよ? そんなだと、女の子から嫌われてしまいます」


 軽口を叩きあいながらもお互いに油断はない。


 この間に怪我の治癒をとも考えたがバルドの視線が許してくれなかったし、バルドもまた、軽率な攻め手はカウンターの餌食になってしまうと感じていた。


 実力伯仲、その言葉通り。


 フォウとバルドは、間違いなく同程度の力量を有している。


「……世界は、ひれぇな」


「はい?」


「つい最近、テメェと似たような目をしたやつに負けた。テメェに勝っても、アイツにゃ勝てネェ……だが、そいつはテメェにまず勝ってみろと抜かしやがった。その意味が、今わかるワ」


「……」


 フォウルてめぇ何言ってんだバカ!


 なんて自分を責めたてつつ、どうしたものかと思考する。


 バルドは不意打ちから始まって、自分のリズムで戦えたからこそ今があると理解していた。

 つまり、この睨みあいという隙の伺いあいはまだ続くと見ている。


 仮に、魔力の物質化をフォウとして行うのであれば問題なく勝利できるだろう。


 しかし、そうしてしまえばバルドを焚きつけた意味がないし、何なら今している苦労が無駄骨になってしまう。


「あなたの、名は?」


「バルドだ。バルド・ベルシモン」


「ご存じでしょうが、フォウです。フォウ・アリステラ……ええ、久しぶりに楽しませてもらいました。そのお礼に、一つ面白いものを見せて差し上げましょう」


「あん……?」


 フォウはいずれバルドに負けるための存在だ。

 闘技場で、闘神の座を勝ち取り、勝ち取ったその座を譲るという意味でバルドに負けることが役割だ。


 すなわち、今は負けられない。


「先ほどの四獣の型。粗削りかつ乱暴ではありましたが、お見事でした」


「なん……いや、ンだけ強かったら知っててもおかしくネェか」


「はい。生憎とおかげさまでこんな脚となってしまいましたが、返礼にお見せいたしましょう」


「……」


 ぴりりと場の緊張感が高まった。


 フォウル、いやフォウとしては怪我をしたことが逆に都合がいいと開き直った心持ちだ。


 これなら、いまいちモノに出来ていなくても、怪我のせいにできるからと。


「どうぞ、ご高覧下さい――参ります、四神の型」

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