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第79話「強襲」

 ガルゼスという街は大きな街である。


 入り口から街の中央を割るように敷かれた街を真っすぐ行けば治めている貴族の屋敷に通じていて、そこから西区が基本的に居住区となっている。


 基本的に健全である住民は西区の中で生活導線が完結するよう食料品売場であったり衣類雑貨店なども存在していて、何らかで楽しもうという欲を抱えない限り東地区には向かわないで良い。


 とは言え好き好んでガルゼスに居を構える人間は大抵が娯楽目的だった。


 東地区。

 つまりは闘技場や賭博場、その近隣には酒場といった施設が立ち並ぶ、ガルゼスを娯楽都市たらしめる地区。


 表通りに並ぶのはやはり闘技場で、その裏手に賭博場がある。

 そうして東地区の奥へ奥へと進むごとにまずは娼館、次いで裏闘技場と非合法へと近寄って行く形になっている。


 おおよその住人たちは東地区のせいぜい娼館が立ち並ぶ地区ほどで満足している状態ではあるが、もちろんその先を望むものだっている。


 中でもフリーストと呼ばれている地区は殺しだろうが何であろうがが許される……というよりは黙認される地区が最たるものだろう。


 半焼してそのまま放置されている建物、そこら中に飛び散っている血糊が固まったものだろう黒いシミ。

 運が良ければ、あるいは悪ければ人間だったものの一部が転がっていることすらある、ひたすらに危険な場所。


「まさかここまで誰にも絡まれないとは思わなかった」


「流石のオレ様も予想外だったがよ、それでもここはねぇよ」


 そんな場所に、フォウはいた。


 クリエラが言ったようにフォウルとしてもこれは予想外。


 裏社会、闇社会とはいっても一つの存在が全てをまとめて管理しているわけではない。

 幾つかの組織が介入しているし、仮に娼館といった水商売であれば競争という名前の抗争だってある。


 つまりは縄張り意識がそこには存在しているのだ。


「う、うーん」


 当然、組織は縄張りの中に異物を嫌う。

 中でもフォウという存在は異物も異物だろう、彼女一人の力や名声でめちゃくちゃにされてしまう可能性はあるのだ。


 故に、それなりのところで襲われるか、何らかの警告は受けるだろうとフォウルは考えていた。


「思ってた以上に、フォウのネームパワーは凄かった、ってところか?」


「まぁ、客観的に見て下手な喧嘩は仕掛けられねぇだろうな」


 だが、こうしてなんの被害も出来事もなくガルゼスの最奥とも言える場所まで辿り着いてしまった。


 流石にここで当たり屋をしても意味がない。

 フリーストにある唯一のルールは自己責任だ。

 どんなことをしてもいいが、どんなことをしてどうなろうとも自分でどうにかするという不文律がある。


 つまりは数ある裏組織が唯一責任を持っていない場所。

 ここで誰かに絡まれて、背後関係を洗おうと迫ったとしても後ろには誰もいないのだ。


「どうしたもんかな」


 やれやれと頭を振って考え込むフォウルだ。


 はっきり言って、どうしようもない。

 このままでは裏の情報を集めるために、裏闘技場で地道に力をつけていくことしかできないだろう。


 もちろん、そんな悠長なことはしていられない。

 今もアリサはフォウルがいつ帰ってくるかと待ちわびているし、あのおばばがどういう動きをしてくるかに予想が立てられない以上、動きは加速させる必要がある。


 いっそ諦めてさっさと金を稼いでガルゼスを後にしてしまえば良いのかもしれないが、ここでそうできないのがフォウルでもある。


「なんにせよ、さっさと戻ろうぜ? オレ様、あまりここにいたくはねぇぞ」


「それもそうだな。折り返したら今度は誰かに絡ま――っ!!」


 踵を返そうとした、その時だった。


「よォ……アイヴィー・プリンセス。ンなとこで、何やってんだァ?」


「バ――あなたは?」


 進もうとした方向に、バルドが文字通り振ってきた。

 奇襲上等闇討ち上等、ご丁寧に木刀を振り下ろしながら。


 ――留置所から出られるのは明後日のはずなのに。


 そんな湧き上がる疑問を抑えつけながら、バルドとの距離を取りつつ腰元に差していたミスティアスを抜く。


「どうでもいいじゃネェか、ンなことはよォ。ただ見てわかんネェか? テメェを殺そうと思って、ヤりにきた。フリーストらしく、いっちょおっぱじめよぉゼェ!!」


「くっ!」


 抑えつけた疑問をさっさと手放してフォウはミスティアスの刃を分割し迎撃の体勢を取る。


 フォウルとして予め今のバルドと戦った経験により、いくらか思考に余裕はあるも、フォウはフォウルに比べてやはり肉体的な強度が足りない。


「ふっ!」


「あメェ!」


 あるいはバルドの予習成果とでも言えるだろうか。

 束縛を狙ったミスティアスを木刀で弾き、バルドの突貫は功を結ぶ。


「おラァ!!」


 乾坤一擲、大上段からの力任せな振り下ろし。


 避けられない、ミスティアスを弾かれたことで体勢を崩しているフォウは避けられない。


 フォウルであったのならば、筋力にものを言わせて持ち直せていただろうが、今は無理。


 だから。


「エアプレス!!」


「う、お――」


 魔法で吹き飛ばすしか無い。


 風圧をバルドへと叩きつけ、再び距離を開けた。


「へ、へへ……やぁっぱ、ソレだけじゃ、ネェよなぁ?」


「……なるほど、お強い」


 こうでなくちゃ、なんてバルドの笑顔にため息を一つついた後。


「とりあえず、自衛させて頂きます」


 フォウは、完全に戦闘へと意識を切り替えた。

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