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第76話「娼婦たちの家族」

「っとぉ、まだ営業中じゃ――おや、兄さんは」


 サクナが娼婦の世話人として下働きをする娼館、ククルカン。

 開店されていれば開かれている門戸を開けてフォウルが入店すれば、ややくたびれながらも色気を損なっていない妙齢の女性がフォウルに気づいた。


「営業前の忙しい時間にすみません」


「あぁ、いいよいいよ。ほんとに忙しくなるのは開けてからちょっとしないとだし。それで? わかっていながら来たってことは客じゃないね? サクナに何か用かい?」


 気さくに、フォウルへと近寄る娼婦だ。

 ある程度砕けている理由はやはりサクナを助けてくれた恩人だから。


「ええ、少し聞きたいことがあって」


「そかそかわかったよ。あっちにあたしらが使ってる休憩室がある、まずはおばばを呼んでくるからそこで待っててもらっていいかい?」


「え? 唐突に来ておいてなんですが、良いのですか?」


「構わないって。というかあんた、サクナに手ぇ出さなかっただろ? それをあたしたちは買ってんだ、改めて色んな意味でありがとうね」


 そう言ってひらひらと手を振りながら、呆気に取られたままのフォウルを置いて娼婦はその場を離れていった。


 彼女にしても、他の娼婦たちにしても、サクナをそれなりかそれ以上に大切に思っている。

 ガルゼスに娼館は腐るほどあるが、中でもククルカンはアットホームとでも言うべきか、所属している女たちの仲が良い。


「……バルドが選んだだけある、か」


 この娼館に預けると決めたのはバルド自身だ。

 選ぶ際にもいろいろ考えたのだろう、あるいは自分のお楽しみを兼ねていたのかもしれないが。


「お? にーさん? どしたの?」


「お邪魔します。ええと、おばば、さん? サクナさんに用事があるので来たのですが、こっちで待っててと」


「あーそかそか。んじゃ、こっちおいでよ。狭いけど、お茶くらいだすよ」


「お、お構いなく」


 明らかに場違いな男がやってきたのにも関わらず、休憩室に居た女が特に驚いた様子も見せないで立ち上がり誰かが使っているのだろう湯飲みを手に取り、琥珀色の液体を注ぐ。


「ごめんね、お茶っつってもちょい酒混じりしかないんだ、ここ」


「あぁ、いや、ほんとにお構いなく……というか、良いんですか?」


「サクナの男だろ? んじゃ、あたいらにとっても家族だし。こんくらい構わないっていうか、逆に申し訳ないよ」


「か、家族……いや、サクナさんの男って……」


 アットホームもここまでくれば少し怖いなんて思うフォウルを他所に、娼婦は至って普通の表情でフォウルへとお茶という名の酒を手渡す。


「なぁに固くなってんだい。男が固くするのは別のとこだけにしときなって」


「い、いや、え、えぇとその……」


「あっはっは! すまないねぇ! こいつはちょっと下品なもんでね!」


「あぁん? あんたのあん時の声程じゃないっての!」


「おおん?」


「あぁん?」


 アリサという心に決めた人がいるとはいえ、女に慣れているのかと言えばまったく慣れていないフォウルだ。


 唐突に始まった下ネタ交じりのじゃれあいに困惑する他にない。


 ただ。


「……ふふ」


「あん? なぁに笑ってんのさ」


「あたいら面白いことしたかい?」


「い、いえ、すみません。皆さん仲が凄く良いんだなと」


 とても温かみがあった。

 それこそ、ハフストを思い出さなくもないほどの温もりだ。


 まさしく娼婦の一人が言ったように家族なのだろう。

 お互いに遠慮せず、水を、身体を売る商売をしていても、ここには一つの連帯感のような絆があった。


「あー……ったく」


「カタギの男はこれだからなぁ」


「サクナもいい男捕まえたもんだよ。どうだいにーさん、今からでもあたしに乗り換えない?」


「バッカ、あんたのモンで汚してどうすんだ。あ、だからサクナが手ぇ付けた後にあたいのとこに来なよ?」


 同時に、自分たちに対して変な目を向けず、フラットに接するフォウルへと娼婦たちは自分たちの勘は間違ってなかったと、安堵交じりに笑顔を浮かべる。


 たかが、娼婦。


 そんな考えはやはりある。

 自分の欲を満たすための道具としか見ない男のほうが多いし、なんなら身体だけの関係に留まらず、妙な勘違いを覚える男だっている。


「ふふ、あはは」


「あははははっ!」


 だから。

 こんな何でもないやり取りで、一方的にサクナの男だと決めつけて身内扱いしたのにも関わらず、ある程度順応されて。


「はー……もう、ほんとにさぁ。えぇと?」


「フォウルです」


「フォウル、ね。改めて、感謝するよフォウル。サクナを助けてくれて、ありがとね」


「あの子はいい子なんだよ。それこそ、あたしらと違って下衆な欲望を受けちゃダメな子なんだ。あんたがほんとにサクナの良い人なのかはどうでもいい。けど、どうかよろしくしてやっておくれ」


 そんな言葉と共に、休憩室に居た娼婦たちが揃ってフォウルへと頭を下げた。


「……こりゃ、責任重大ですね?」


「ふふ、そうだよ? あたいらは家族だからね。末っ子はやっぱ可愛いもんだ、可愛いままでいて欲しいんだよ」


 和やかな雰囲気で、笑いあう。


 そんな時。


「――おやおや、いらっしゃい。サクナに用だって聞いたけど、どうしたんだい?」


「っとぉ……約束もなくお邪魔して申し訳ありません。少しお伺いしたいことがあって参りました。お時間、よろしいですか?」


 穏やかな笑みを浮かべた老婆が、杖をつきながら現れた。

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