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第73話「ほんとのターニングポイント」

 ターニングポイントであることは理解していた。


 理解していたが。


「まさかこういう形になるとは思わなかった」


 頭の中でクリエラの爆笑が響く中、フォウルはフォウのまま宿でがっくりと両手を床についた。


 サクナの本当の両親に関してフォウルは詳しい情報を持ち合わせていなかった。

 バルドからサクナの実の両親に関する話は、父親が自分の借金のカタに娘を売るような人間であることしか知らない。


 しかしながらここでそんなバルドの話を曲解していた可能性が浮上したのだ。


「ミスティアス……これだけの業物を打てる鍛冶師がクズって可能性は低い、よなぁ」


 てっきりその時浮かんだイメージ通り、ガルゼスの闇に飲まれて酒浸りの賭け狂いした挙句娘を売ったなんてセンで考えていた。


 いや、その可能性が完全に消えたわけではないが、それでもどちらが濃厚であるかの判断はつかなくなった。


 真っ当な腕のいい職人だったが、商売が成り立たず苦悩の果てに娘を売ったのではないかと。

 実際、サクナは娼館勤めの奴隷となったわけだが、少なくとも今は身体を売っているわけではない。

 血の繋がった父親は、いつか商売を軌道に乗せて、サクナを迎えに行こうとしていたのではないか、それでも志半ばで死んでしまったなんて。


 陳腐かもしれないお涙頂戴のお話がフォウルの頭に浮かんだのだ。

 そしてその可能性は低くない。


 足長おじさん状態ではあるが、後見人としてバルドがいるのだ。

 もしかしたら、その父親と旧知の仲だった可能性すらある。


「とりあえず、だ」


「お? 復活したか」


「ミスティアスの打ち直しはこの際諦めてもいい。ただ、諦めるにしても本人に確認はしなきゃならないと思う」


 サクナがミスティアスを打ち直す技術を持っているようには見えなかったフォウルだ。

 この際、リスクは高まるが打ち直しを諦めて刃を潰したままで、表裏問わず闘技場で戦う覚悟はしなければならない。


「まぁ、そうだわな。情報が少ねぇ、サクナの嬢ちゃんがどれほど自分の親について知っているかやらもそうだし。おっさんがどういう経緯でサクナの足長オヤジしてるのかも」


「あぁ。ただ、問題は……」


 サクナにフォウとして会うか、フォウルとして会うか。


 フォウルとして会えば話は早いだろう。

 いや、早いというか、サクナの心の深部に入り込みやすい。

 何せ一度ああいうことがあったのだ、偶然を装って再開しあの時は恥をかかせてどうのと言って関係を作り直すことは容易だろう。


 ただ、サクナに男女の妙な期待を与えてしまうことになりかねない。


 ではフォウとして会うのならどうか。


 まったくの赤の他人で、あなたの父親がこの剣を打ったらしいから話を聞かせてくれ。

 どう取り繕っても接触理由の本質はこの言葉に行きついてしまう。

 魔法を使えば問答無用だろうが、後でバルドが怖い。それこそフォウを本気で殺しにかかってくる可能性すらあるだろう。


「とことんフォウって存在を悪役側に寄せるなら、気にしなくてもいいんじゃねぇか」


「いや、フォウの人気は正直暴力に近い。サクナとの接触を引き金に行き過ぎたファンが彼女に何かするんじゃないかって恐怖がある」


 どちらにもメリットとデメリットがあった。


 バルドを闘神に押し上げ、バルドが言うすげぇ親父になると言うことを大目標に据えるのなら、フォウとして会うべきだろう。

 何せ怨敵とは言わないが、倒したい相手として睨まれているだろうから、それを補強する理由付けには十分だ。


「……うーん」


「珍しく悩むな?」


「そりゃあ、な。フォウルとして会った方が形の上では穏便に済むだろうけど、こっちにその気が全くないのに期待させるってのは人としてどうなんだって話だ」


「鈍感クソ賢者が言うじゃねぇか」


「う……はい、調子に乗りました。うまくやれる自信がないだけです……はい」


 形で理解していても、フォウルに女たらしの才能はない。

 あえてフォウルにあるとすれば、アリサたらしの才能だろう。


「切り口を変えよう」


「お?」


「バルドにフォウルとしてもう一度会う」


「会ってどうすんだよ。まさか娘さんを俺に下さいとでもいうつもりか?」


「なんでだよ……詳しい経緯を本人の口から聞けないかって話だよ……」


 バルド自身がサクナに存在を認知されていない故に、あまり意味はないかもしれないが。


 単純に、バルドの想いを叶える手伝いをするよと寄り添う形は取れるかもしれないのだ。

 そうすればバルドを通してサクナに会う理由が作れるし、なんならバルドがしたくても叶わなかった支援ができるかもしれない。


 そう言って、過去の経緯まで聞けたのなら万々歳だと。


「まぁ、いいんじゃねぇの?」


「微妙な返事だな?」


「そりゃ、引き延ばしてるだけだしな。わかってんのか? おっさんは間違いなく言うぜ? 余計な事しねぇで、そういうなら俺に剣を教えてくれって」


「……だよ、なぁ」


 その自覚はあるフォウルだ。


「けどまぁ、てめぇの気持ちもわかるさ。シズのことは結果的に上手く収まったが、フォウの存在をシズから切り離せなくなったわけだしな」


 だが、クリエラが言うようにシズの件がある。

 自分の考えだけでどうにかしようとした結果が今のシズなのだ。


「だから止めはしねぇよ。オレ様から見れば引き延ばしに見えるが、そりゃプラマイゼロの考えがあるからだ。人間の営みは人間にしかわかんねぇ。だが、覚えとけよ? バルドもサクナも幸せにするなら、不幸を被せる・・・相手だって、二人必要なんだからな」


「あぁ、肝に銘じとく」


 そう言って、フォウルはマスカレイドの魔法を解除した。

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