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第71話「動き始めた裏」

『こうまで違うのか! ここまで強いのか! 変わらぬ圧倒劇! 闘技場の歴史上最速のBランク闘士がここに誕生いたしました!!』


「わああああああっ!!」


「す、げ……! すげぇ!!」


「お姉さまぁああああっ!!」


 ニコリとも笑わないその姿。


『アイヴィー・プリンセス! フォウ・アリステラ!! 堂々の勝利です!!』


 内心では苦笑いを浮かべながらも、まぁ今日くらいは、これくらいはとフォウが片腕を上げた。


「――ふぅ」


 その瞬間、フォウのファンたちがその場に倒れた。


 こんな些細なファンサービスとも言えない何かで、簡単にフォウのファンたちは限界を迎える。


『――し、失礼いたしました! 思わず声を出せませんでした! どうぞ皆様! 更なる闘士フォウの活躍をご期待ください!!』


 あるいは、フォウの登場から彼女に携わってきた実況でさえも丸くした目に涙を浮かべた。


「……どうしてこうなったのやら」


 ぽつりとフォウの口から愚痴とも言えない言葉が零れる。


 人気を得ようと言うよりは、精々記憶の片隅にでも残ることができればいい程度に考えたキャラ付けが、大衆にクリティカルヒットしてしまった。


 今となっては、これだけの人気を誇る相手を倒すことができれば大きな名声を得られるだろうと、この流れを迎合する構えではあるが、賞賛を受けることに慣れてないフォウルは、喜びと言うより戸惑いの気持ちが大きい。


 歓声鳴りやまぬ場所に背を向け、改めて考えるのはバルドのこと。


「あとは、闘神を目指しつつ」


「おっさん次第、だぁな」


 頭の中に響いたクリエラの言葉に頷いた。


 言ってしまえば築き上げたこの人気は下準備に過ぎない。

 圧倒的な人気と実力を誇るフォウを打倒することで、勝者は良くも悪くもだろうが注目を浴びるようになる。


 事実として、Bランク闘士に限らずフォウとの対戦を熱望する闘士の目的の多くは、フォウを倒すことで得られる名声を欲していた。


 よしんば勝利できなくても、ここまで圧倒的な勝利を収めてきたフォウと善戦でも出来れば注目度は跳ね上がるだろうなんて、前向きなのか後ろ向きなのか判断できないようなものもあったが。


「まぁ、これで裏闘技からのお声かけも期待できるだろうさ。のんびりしたくはないけど、アクションの掛けられ待ちだな」


 目論見通りと言うべきか、高まった注目度は何も一般大衆や闘士たちからのみではない。


「裏闘技、はいいけどよ。てめぇ、大丈夫なのか?」


「むしろ、何でもありのほうがやりやすいよ」


 ガルゼスの裏でもフォウを狙う者は数を増やしだした。


 フォウルが言うように、きちんとしたルールの制定された表舞台とは違い何でもアリの裏闘技場運営の携わる人間からも目を付けられ始めた。


 裏闘技場は表の闘技場以上にショーの意味合いが強い戦いの場である。

 それはまだ笑えるもので言えば衣類剥ぎ取りデスマッチであったり、台本通りに進められる劇のようなものであったり。


 表で常に凛としているフォウが、こういった低俗的な娯楽に参加すれば一部のファンは熱狂するだろう。

 それこそ衣類剝ぎ取りマッチにでも組まれれば、男性ファンは股間に期待を集めながらチケット購入に命を懸ける。


「いや、そうじゃなくてよ」


「わかってる。けど、裏社会を覗くには相応の場所まで潜らないといけない」


 珍しいクリエラの心配気な声色にフォウは一つ苦笑いを浮かべた。


 そうだ、裏闘技場の名前通り、やはり裏にあるべきものに違いはない。

 そこに集う客はやはり表の健全な舞台では満足できなくなった客なのだ。


 衣類剝ぎ取りなんてギャグ的な試合で、フォウの裸体に期待するくらいならまだいい。

 やがて凄惨な試合を求められることには想像に難しくないのだ、一対多数だとか、魔物の群れを相手するだとか。


 公然の前で敗北を望まれることも、あるだろう。


「……ま、この程度でてめぇがどうにかなるなんて、思っちゃいねぇけどな」


「厚い信頼を賜れて嬉しいよ」


 だが、そこまで行かなければ覗けないものがある。


 逆境を穿ち抜いた時には、待っているものは裏社会における強き立場が待っているだろう。


 そこまで深入りするかどうかは別にしても、サクナの背景を知ることができる位置にまでさえたどり着ければいいのだ。


 楽観的とまでは言わないが、少なくともクリエラはその程度までなら問題にすらならずフォウルはたどり着くと確信していたし、フォウル自身も引き時を間違えなければまったく問題にならないと考えている。


「だが、表の方もぬかるんじゃねぇぞ? 一番の目的は、今のフォウが築いたものをまるっとバルドに手渡すことだ」


「わかってる、そこは間違えない」


 バルドは強くなる。

 今でも十分に強いが、やはり闘神と呼ばれていたころのバルドには程遠い。


 バルドが自分に勝つまで、勝てるバルドになるまで。

 何度だって戦うつもりがあるフォウルだ。それまでに、サクナがバルドを動かすための道具に使われないように手を打つ。


「――アイヴィー・プリンセス、フォウ様、ですね?」


「……何か?」


 改めて覚悟を心に決める中。


「少々、お時間頂戴しても?」


「構いません」


 深い闇の雰囲気を纏った、黒服の男がフォウの前に現れた。

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