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第70話「荒れ荒れおっさん」

 アイヴィー・プリンセス、フォウが扱う得物、蛇腹剣スネーク・ソード


 世に使い手は少なく、剣術といったような流派も存在しない。

 その大きな理由として単純に習熟に必要な時間に対しての見返りが少ないというものがある。


 刃の分割、接合という仕掛けを施すがため耐久性に欠き、また威力も大したものではない。

 剣として見るのなら一般的なショートソード。間合いを意識するのなら槍のほうが使い勝手も良いし、筋が見切られ難いという点を考えるのなら、鞭に棘でもつけたほうがよっぽどだ。


 そう言った理由で、スネーク・ソードを好んで扱う人間は少ない。

 見栄えが良いからといった理由で多少扱えると言ったものはいるが、あくまでも見栄えを意識したもので実践に使えるものとは言えないだろう。


「――ンだってのにヨォ……」


 フォウの快進撃と言っていいだろう、あるいは圧倒劇か。

 Cランクに上がった、つまりは相手が強くなったということだ。

 にもかかわらず、低ランクの時以上に圧倒してフォウは勝ち進んでいる。


 流石に一日一戦しかできなくなったことと、Cランク闘士の数が多いだけに昇格戦の話はまだ出ていないが時間の問題で。


「見えネェ……!」


 バルドはお手上げだと頭をガリガリと掻きむしる。


 見た、相手をした、受けた。

 これで今まで多くの技術をモノにしてきたバルドであっても、フォウの剣閃が見えなかった。


 いや、正確に言うのなら見えるのだ。

 復帰戦の時であっても今であっても。


 フォウは初撃で相手を昏倒させた。

 接近してきた相手には剣の状態で振り下ろし、振り下ろし切った時には刃が分割されていて。

 振り下ろしている途中で刃を分割し、剣閃の速さを誤認、理解させることなく相手の後頭部をしたたかに打ち抜いていた。


 距離を取ろうとした相手はもっと悲惨だ。

 じゃらじゃらと遊ぶように分割されたままのミスティアスをいじりながら無造作に近づかれる。

 離れよう、離そうと立ち回るも気づけば隅に追い詰められ、中距離でなます斬り。


 いずれも、闘技場用の刃をつぶしたものでなければ間違いなく死んでいる。


 つまり、フォウはすでにBランク以降を見据えて戦っているのだ。

 あるいはアピールと言っていい、十分に殺す技術も持っているぞと。


「底が、見えネェんだよっ! クソがっ!!」


 ガタンと酒場の机を苛立ちのままに蹴り飛ばすバルド。


 そう、見えないのはフォウの実力、その底だ。

 歩法だけで距離を取ろうとした相手を追い詰めたことといい、どれだけの技術をまだ隠し持っているのかがわからない。


 今であっても、戦いにはなる。

 戦えるだろうが、まず負ける。


 底が見えないことつまり、勝機を勝機と確信できないということだ。


「何か、何かネェか……!」


 フォウルに師事を乞うためにはフォウに勝たなければならない。


 その約束はあるが、そもそもだ。


「アイツは……間違いなく闘神になりやがル……!」


 自分がなろう、なれると思ったポジションにフォウは収まるだろう。


 ならば、勝たなければならない。


「……やっぱ、フォウルの弟子になるしか、ネェじゃねぇかっ!!」


 次いで倒れた机に持っていたジョッキを叩きつけた。


 大きな音を立てて割れた欠片が、バルドの顔へと跳ね返り頬を切り裂いた。


「お客さん、一人で暴れんなら別のとこいってくんねぇか」


「あ゛ぁ゛!?」


「凄むなよ。迷惑だって言ってんだ」


「うるせぇ!!」


 そんなバルドへと店主がやってきたが、苛立ちをそのままに胸倉をつかみ上げる。


「オレァ! 気が立ってんだ!! 別にてめぇをぶっ殺してやってもいいんだぜ!?」


「それで気が済むならしたらいい。負け犬」


「まけいぬぅ!? て、てめぇっ!!」


「ぐっ!?」


 やばい、とバルドの理性が止めようとはしたが遅かった。


 既に腕は店主の顔を打ち抜いていて。


「あ……」


「きゃああああっ!?」


 そこでようやく悲鳴が上がった。


 散々一人で暴れているだけならただの迷惑な客だが、誰かを害してしまえばそれは迷惑の範疇を超える。


「……ちく、しょう」


 これでも。

 そう、これでもだ。


 喧嘩を吹っ掛けるのが大好きで、弱いもの苛めだって好きなバルドは決して喧嘩相手以外を殴らなかったのだ。


「おい! 巡回兵呼んで来い!!」


「わ、わかった!」


 バタバタと騒然とする店内で。


「……おう、負け犬」


「……んだよ」


 よろよろと店主が立ち上がり。


「いっぺん、ぶち込まれて頭冷やしてこいや。負け犬なら、ちゃんと戦ってから負けやがれ」


「……あぁ、そうだな、そうだったヨ」


 負け犬なら、負け犬らしく。


 勝ちたかった戦いで勝てなかった。

 敗北感を誤魔化すために、人の温もりを遠くから触れ続けて辛うじて畜生に落ちずに済んでいた。


「悪かっタ。出てきたら、詫びにちゃんと来る」


「けっ、いらねぇよ。迷惑な客が寄り付かれるほうが厄介だ」


「……そうかい」


「ったく、次に来るときゃちゃんと客になってこいって言ってんだよ! しけたツラしてんじゃねぇ馬鹿野郎、んなことこの街じゃ日常茶飯事だろうがよ」


 これじゃあどっちが被害者かわからないと。


 店主はバルドの胸を強く叩いた。


「ってぇな」


「そりゃこっちのセリフだ。さっきのテメェはカスだが、今はちょっとマシになってる。次に顔見せるときを楽しみにしといてやるよ」


「あぁ……ありがとヨ」

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