さて、どうしてこうなったと混乱するフォウルを他所にだが。
サクナとしてはある意味当然の考えだった。
娼館に勤めているとはいっても実際に客を取っているわけでもなく、収入は微々たるもの。
館主から良くしてもらっているし、娼婦の女たちからもそうだ。
真面目で、仕事が丁寧で。
その上どうにもサクナは男の気を引く。
それこそ、サクナが娼婦として働きでもすれば一日どころか一か月は満員御礼札止め状態となるだろう。
ある意味、そんなサクナが下働きに徹底しているからこそ他の娼婦たちから可愛がられているとも言える。
自分の客でさえも、サクナは奪ってしまいかねないほど魔性の魅力を有しているのだから。
「ちょ、ちょっと待とうか、落ち着こう」
「……私では、だめでしょうか」
そんなサクナだから、お礼として差し出せるものが身体しかなかった。
経験こそないものの幸いにして、娼婦たちからどういうものだと言うことは聞いている。
耳年増でしかない自分だが、少なくとも楽しんでもらえるように努めることはできるだろうと。
「そういうわけじゃなくてだな? いや、俺には婚約者がいるわけで」
「お客様の中には、決まった方が居ても通われる方もおられますし、いけないことではないと思います」
すっかり敬語を崩し目に見えて動揺するフォウルだ。
頭の中に映ったクリエラはじっとりとした視線を向けている。
お前、ここで頷いたらどうなるかわかってんだろうなとでも言いたげだ。
「あー……あのな? 確かにサクナさんは魅力的な女性だけどもな? じ、自分をもっと大切にするべきじゃあないかな?」
「お礼も満足にできない女となるほうがよっぽどかと」
じりじりとフォウルへ迫るサクナの手がバスタオルの結び目にかかる。
中々に頑ななサクナではあるが、やはりこれには理由があった。
今はどういう理由か座敷に座らずに済んでいるがいずれ、自分は娼婦となると思っている。
そうなったとき、
フォウルへの好意があるかどうかと言えば、助けてもらった恩人であるというもの以外にはない。
だが、それでも何も思わない、あるいは嫌悪感を覚えてしまうような相手に奪われるより遥かにマシだと。
「はぁ……あーもう、わかった」
「で、では」
立ち上がったフォウルに気圧されたのか、たじろぎながらも結び目を解こうとサクナの指が動き。
「待った。こういうのは、脱がすところから楽しみがあるもんだ」
「そ、そうなのですね? な、なら、お、お願いします」
きゅっと口と目を瞑って、どうぞと形の良い胸を差し出すサクナへとフォウルが近づいて。
「
「あ……」
どうにもできないと諦めて魔法を行使した。
「良かったのかよ? 結構どころか、かなりイイ女だぜ?」
「勘弁してくれ……」
ニヤニヤ笑いを顔に張り付けて、クリエラが現れた。
フォウルが何かの間違いでサクナに手を出さないで安心したと悟られたくないが故の表情だが、肩を落として疲れた様子のフォウルが気づく余裕はない。
「すー……」
「すみません」
もう一度サクナをお姫様だっこでベッドへと運んだフォウルは、眠るサクナへと一言詫びた。
流石にというか、バルドのことを父親とは呼びたくないし何より自分にはアリサがいる。
仮にアリサという婚約者がいなくとも、断っていた場面ではあっただろうが、それはそれ。
「なんつーかよ」
「うん?」
「オレ様はガルゼスの裏ってやつにそこまで明るくねぇが……こういうのが、普通なのか?」
「……さてな、俺たちからすれば短絡的にも取れる行動だったけど。この界隈で生きている人がお礼にと言えばこういうことをするのが普通なのかもしれないな」
ニヤニヤを引っ込め、複雑な表情を浮かべるクリエラだ。
重ねて貞操観念が強いクリエラとしては、さっきの出来事にあまり現実感がない。
しかも、サクナに経験がないことをクリエラは理解できる。その上でたかが暴漢から助けられたなんてもののお礼に純潔を捧げようとするなんてありえないとすら思っている。
「けど」
「けど?」
「不覚にもドキドキした」
「てめぇ……」
思わず一発ぶん殴ってやろうかと、クリエラの腕が上がったが。
「違う。正直呑まれてしまいそうになるほど、色気があるサクナさんだ。この人が娼館の座敷に座れば、それこそ大人気だろう? そうせずに下働きなんてってな」
「あ、あぁ、そうか、そうだな。確かに、言う通りだ。オレ様から見ても、この女はエロい。きっと、人気娼婦になるだろうよ」
「だろう? それこそ、娼婦の人がお礼に身体をって話なら俺だってここまで動揺してないよ。にも関わず、な」
「ふむ……」
降ろした腕を胸の前で組み考えるクリエラと、フォウル。
「おっさんが足長おじさんしている理由ってのは……もしかして、サクナが身体を売らないで良いようにするため、とか?」
「あぁ、オレ様もそう思う。館主に聞けたのなら話は早いんだがなぁ……流石に難しいだろうぜ」
「……裏、つついてみるか?」
「オレ様はお前の判断に従うぜ?」
よくよく考えてみれば、闘神となったバルドの稼ぎならサクナを身請けするだとかは十分に可能なはずなのだ。
人質に取られる前に、愛娘を娼館から掬い上げる。
そういう手段が取れたはずなのに、なぜバルドはしなかったのか。
「明後日からは闘士としての活動も再開しなくちゃならない……なら」
「どうすんだ?」
深入りしたくはなかったが、それはフォウルとしての話。
「裏闘技、踏み込んでみるか」