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第67話「バルドの愛娘」

「景気良いことしてるな?」


「あ゛ぁ゛!?」


「た、たすけ、助けてっ! 下さい!」


 こんなところで何をしているのかとフォウルは言わなかった。


 裏通りではよくある光景と言っていいものだ。

 多少おいたをするには表に近い場所ではあるが、あってもおかしくないとも言える。


「んだよ! コイツァ俺が目ぇつけたんだ! 混ぜてヤる趣味はねぇぞ!」


「俺も混ざる趣味はねぇよ。目障りだからやめろって言いに来たんだよ」


 従って助けるのなら自分の理屈が必要だ。


 ガルゼスの裏に行けば行くほど、自分に素直となるべきなのだから。


 朝の目覚めが悪かったから家を燃やす。


 極論だが、そういうものだ。

 そうしていいのがガルゼスの闇に生きるものだし、そうしたいから闇へと誘われる。


「……てめぇ? オレが誰だかわかってんのか?」


「知らないよ。興味もない」


「っ!! オレは――」


 暴漢らしき男が激昂の気配を見せた、その瞬間。


「興味ないって、言ってるだろ」


「――」


 フォウルの姿がブレたと思えば、男の喉を掴みそのまま地面へと叩きつけた。


「ったく、面倒くさい」


 男が意識を飛ばしたことを確認し、フォウルは手を払う。


 フォウルの姿で裏社会の人間に顔を覚えられるわけにはいかなかったが、流石にそうとも言っていられない状況だった。


 もしかしたらそのまま放っておいても何とかなったのかもしれないが、サクナとの面識を作るいい機会でもあるなんて考えが行動へ移し前頭に過ったことへと、多少の自己嫌悪を覚えながら。


「大丈夫ですか?」


「あ……あ、ありがとう、ございます!」


 へたり込んだままの少女、というにはやや大人びている容姿のサクナへと声をかけた。


 大人びて感じるのは長い黒髪のせいだろうか。

 それとも、暴漢を誘ってしまった理由である妙な色気のせいか。


「お礼はいいんです、怪我はありますか?」


「え、あ、そ、その……」


 ちらりとサクナの視線が脚へと向かう。

 視線を追えばどうやら足を捻ってしまったらしく、右くるぶしあたりが赤くなっている。


「捻挫ですね」


「す、すみません」


「謝られる理由がわかりませんよ」


 さてどうするか。

 フォウルであればこの程度の怪我を治療することは簡単だ。

 しかしながらここで治療してしまえば後は気を付けて帰ってくださいと言って終わりになってしまうだろう。


 故にフォウルは。


「ここから、あなたの家は近いのですか?」


「え、えっと……その、少し歩いたところです」


「あぁ、場所を知ってどうにかするつもりはないです。ただ、その足で歩くのは大変だろうから手を貸しますよ、という意味です」


「……はい。えと、ここからもうちょっと奥にある、娼館です」


 流石に裏で生きる人とでも言うべきか、助けられた恩人相手であっても一定の警戒を敷いたまま。


 そんなサクナへと妙な感心を抱きながらフォウルは。


「よ、っと」


「え!? わ、わわっ!?」


「暴れないでくださいね? 背負っても良かったのですけども」


「い、いえっ! あ、ありがとう、ございます」


 サクナをお姫様抱っこの形で抱き上げた。


 抱えてみれば意外とと言えば失礼だろうが軽く、この分ならアリサにも十分に可能だろうなんて思考を誤魔化しながら。


「では、案内してもらっていいですか?」


「は、はい! あ、あっち、です」


 やけに肉感的な感触から気を反らした。




「改めて、ありがとうございました、フォウル、さん」


「お気になさらず、サクナさん」


 やってきた娼館はやや寂れたところだった。

 フォウルを出迎えた館の主らしい老婆もこの界隈に居る存在としては温かみを感じる人間で。

 事情を説明せずとも察されたあたりに、複雑な感情を覚えながら使用人用の部屋へと通された。


「その、汚い部屋ですみません。い、今お茶を用意しますので」


「あぁいえ、お構いなく。そもそも送ればすぐに帰るつもりでしたし」


 フォウルは自分で言った通り、とりあえず名前も交し合った知古は得たとすぐに帰るつもりだった。


 しかしながら老婆とサクナにお礼をさせてくれと引き止められここにいる。


「で、ですが」


「あー、はい。わかりました、お茶を頂きますから。そんな顔しないでください」


「はい!」


 子供という年齢ではないが、泣く子には勝てないと、フォウルは苦笑いを浮かべながら軋む椅子へと腰を落ち着けた。


 奥にキッチンがあるのか、サクナの背中を見送ってこれからどうするかを考える。


「まぁ、言葉通り茶を飲んで帰ればいいだろ」


 頭の中に響いたクリエラの声に頷いたフォウル。

 寂れた印象とは言っても、時刻は昼。ここに来るまでにすれ違った娼婦たちはそこそこにキレイな人間が多かったし閑古鳥が鳴いているわけじゃないだろう。


 それどころかフォウルを見て笑顔で挨拶をするものもいれば、サクナを助けたとどうやって知ったのかお礼を言ってくるようなものもいた。


 幸せな生活ではないと認識してはいたが、どうやらその限りでもなさそうだしとフォウルは認識を改める。


「なら……特に暗躍する必要もなく、バルドが闘神として活躍できるようにしていれば良さそうだな」


 特別自分がサクナをどうにかすると言った考えはない。

 ただ、シズの時がそうであったように自分が動いたことで何かが早まったりしていないかを確認したかっただけ。


 そう結論付けた時。


「お、お待たせしました」


「あぁ、ありが――いぃっ!?」


 バスローブだけを身に纏ったサクナの姿に、フォウルは目を見開いた。

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